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Day1.鍵
なんとなしに見た小物入れに、見覚えのあるようなないような、そんな小物を見つけた。手に取って眺めてみても、思いだせそうで思いだせない。モヤがかかったようにスッキリしない。
「なあ、この鍵なんだっけ」
「どれ?」
「このさ、ちょっとファンタジックで宝箱が開きそうな鍵。でも『さいごのカギ』ほど貴重じゃないやつ。どっかで見た覚えはあるんだけどさ」
「なにその言い方……どれ見せて」
ベッドで寝そべって漫画を読んでいたふみは、むくりと起き上がり俺の肩越しにのぞき込んできた。左手に握っていた鍵をじっと見つめて、ため息をつく。
「なあに、本当に覚えてない?」
「え、あー……これ覚えていないとダメなヤツ系?」
「ダメなヤツ系、かな?」
ふみは俺の頬を人差し指でぐいぐいとつついて「思い出せー思い出せー」と呪いの言葉を吐き続ける。
ダメだ、思い出せない。
そんな高価なものではない。どこをどう見てもメッキでできたオモチャの鍵だ。それを覚えてないとダメ系なものだと言うことは、おそらくこれは俺がプレゼントしたもの、かもしれない。
「多分だけど、俺が、あげた?」
「正解」
「えーと。うん。ごめん、思い出せない」
「だと思った。まあいいよ。だって小学生の頃のだし」
「そんな前か」
「そんな前です」
ふみは、よいしょと起き上がり、机の引き出しを順番に開けていく。ゴソゴソと引き出しから取り出したものをテーブルの上に置いた。コトっと音を立てたそれは、手のひらサイズの小箱だった。ハート型でキラキラしたシールが付いているが、所々メッキが剥がれている。
たしかにこれは見覚えがある。どこだ、どこで見た——。
「夏、まつり?」
「正解」
「開けてみていい?」
「どうぞ?」
ふみはスッと小箱を俺の前に差し出した。正面にある鍵穴へ鍵を差し込んで右へ回す。
——思い出してきた。
少しずつ紐がほどけていくように、一つ一つのパーツが組み合わさって俺の中の遠い記憶の思い出も蘇ってくる。
「小学生の、いつだろ。二年くらい? 俺のお小遣いで買ったんだよな」
「お、思い出した? そう、哲がジャンケンで負けてね。それで買ってくれたやつ。たしか三百円」
「やっすいやつだな」
「小学生の三百円は大金でしょう。その時も『今月のお小遣いなくなった』てしょげてたし」
「あー……そうだ、そうだった。ほんとはその金でスーパーボールすくいする予定だったんだ」
やっと合致した記憶。なぜかジャンケン勝負して負けたら好きなものを買ってやる、という単純な勝負だった。
で、見事に負けた俺はふみの欲しいものを買う羽目になった。それがこのキラキラした箱だ。ついでにこのおもちゃにはもう一つおまけが付いていた。それは多分、箱の中だ。
俺はふたを開けて、中にあったそれを取り出した。指でつまんで光にかざすと、アクリルでできたピンク色の宝石がキラキラと輝いた。
「なあ、これって箱と指輪、どっちが欲しかった?」
「そんなの覚えてるわけないじゃん。セットだから欲しかったんじゃない? 女子はそういうの好きな時期があるんです」
「今は違うのか?」
「今は、今か……うん、今も好きだったりする」
「価格は百倍になってそうだけど」
「たしかに!」
ふみは声高に笑って俺の肩をバシンバシンと叩く。俺はその手を掴んで、持っていた指輪を薬指にはめてみた。が、小さすぎて爪あたりで止まってしまった。
「やっぱり入んないな」
「子ども用のおもちゃだしね」
ふみは小指へとつけ替えて、なんとか付け根あたりまで入った。似合う? と芸能人がよくやる指輪のお披露目ポーズを決める。俺は苦笑しながら、ふみの薬指に触れた。
「いつかココにはまる指輪買ってやろうか?」
「……まあ、考えておいてあげよう。その時はこの指輪の千倍くらい? 楽しみー」
「そろそろ夕飯の時間かなーおばちゃんの夕飯なんだろなあ?」
「おーい、哲朗さーん、聞いてますかー。千倍ですからねー。おーい聞いてるー?」
俺はわざとらしく話をそらし、立ち上がってふみの部屋から出て行こうとする。ふみも、待てコラと笑って追いかけてくる。
いつか、そのおもちゃの箱に本物も入れておいてやるから鍵はなくすなよな。
後ろから腰に抱きついてくるふみの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわして、台所から漂ってくるカレーの匂いに腹を鳴らした。
#novelber 1st -鍵-
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