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この世の資源は有限である。
そう言われて、資源として、何を思い浮かべるだろうか。
パッと思いつくものとしては、鉱物資源、水資源、森林資源、海洋資源、食料資源などなど。
生活に利用できるすべてのもの。
さらに、時代が変われば資源も変わる。
今まで資源としてみなされなかったものが、資源と言われるようにもなる。
その代表的なものが、人間だ。
知識や技術。見えなくてもそれらは資源となる。
だから資源を失わないために徹底的に管理され、人々は常にカメラによって監視されている。
オフィス、路上、学校に公共施設、エトセトラ。
それのおかげで、何かあったときにすぐ駆けつけられることができる。そうすることで、資源の一つである人間の消失を減らすだけではなく、その原因となる犯罪の抑制につながるとも言われている。
さらに、だ。
このカメラには、あらかじめ犯罪を起こしそうな不審な行動を見つけることができる。
では、その不審な行動とは何か。
きょろきょろ見渡していたら不審なのか。
そう言われても頷けないだろう。
だって、落とし物をしたからきょろきょろしているかもしれないだろう?
ならば、何を持って不審な行動とみなすのか。
それを判断するのは、人ではない。
人では、公平に判断することができないから。
じゃあ、どうするのかって?
それは最新の技術を用いて作られた、独自AIが判断する。
カメラが人々の行動を全て監視することで、行動を見ている。
それをAIが判断し、独自のスコアを算定する。
誕生時、体内にチップを埋め込むことが必須となった現代。
カメラに映った人がどこの誰なのか、瞬時に判断できる。
その人間が何をしたのか。その行動は社会にどう影響するのかを数値に示すのだ。
社会にプラスであれば、プラスに。
社会にマイナスであれば、マイナスに。
そうして人々は、行動に、そして存在にスコアを付けられる。
高スコアの人は、潤った生活を。
低スコアの人は、ぜいたくすらできない、最低限の生活が保障される。
おかげで人はみんな、生活を潤すために社会にいい行動をとるようになった。
だから今は表立った事件はない。
そう、表に出ないだけで、裏には山ほどある。
大きなものから小さなものまで、山ほど、だ。
今、目の前にも表に出なさそうなささいな事件が起きている。
いくつも並ぶビルの間。細い道だから、人通りはほとんどない。
二人の男たちが向かい合い、何かを言い合っている。
一人は大柄な男。
もう一人は、体が細くしわの寄ったスーツ姿の男。
大柄な男の方が、スーツの男の胸倉を強くつかんで、殴りかかった。
借金の取り立てだろうか。
いかにもガラの悪い男だから、そう思った。
でも。
「お?」
二人の元にやってきたのは、巡回ロボット。
あらゆる状況でも、場を鎮静化するだけでなく、警察のサポート機能も併せ持つ便利なロボットだ。
もちろんこいつには、路上のカメラ以上の性能を持った簡易型スコア確認機能が搭載されている。
これによって、事件やトラブルの当事者の中で、誰が社会に不利益をもたらすのかを判断。
そして、スコアが低い者を取り押さえる。
そんな正義のロボが取り押さえたのは、殴りかかった男……ではなく、殴られた男だった。
社会は殴った方ではなく、殴られた方が悪いと判断した。
ロボから伸びてでた手錠が、地面に転がる男の手を捉える。殴った男の方はというと、ただただその様子を見つめていた。
「何をしているのですか? 早く仕事に戻ってください」
いつの間にか隣に来ていたミオが、長い髪を風で揺らしながら怒ったように言う。
ミオと同僚になってから、早二カ月。
新入りの俺を指導する立場でありながら、ほとんど教えてもらったことはない。
代わりに息抜きと言って、仕事から抜け出す俺を捕まえるのがミオの仕事の一つとなっている。
「ああ。揉め事ですか」
冷たい目で見下ろすミオは、こんなことどうでもいいと言っているようだった。
「殴ったのはあっちの男なのにね。何があったんだと思う?」
「さあ。わかりかねます」
「だよね。ちょこっと覗いてみようかな」
ポケットから簡易測定機を取り出し、二人の男達へ向けてかざしてみる。
するとすぐに中央情報機構にアクセスされ、二人のスコアが画面に表示された。
『トミダイクオ643/カナハシエン169』
スコアの差は明らかだった。
600台のスコアは、一般的に見ても少ない。でもそれ以上に低いスコアを出した男は、何も逆らうことができずに、巡回ロボに連れて行かれた。
「やっぱり、世の中スコアが中心。嫌な社会だよね」
そう言いながら、今度はミオに測定機を向ける。
すると画面が更新された、
『イマイチミオ/469535』
「あー。やっぱりすげぇスコア。お役所勤めの人ってみんなこのくらいなわけ?」
「人のスコアは知りません。自身のスコアでも見たらいいのではないですか? 最も、見えたらの話ですけど」
ミオのスコアはさっきの男達とは比にならない。
まず、桁が違う。
それほどミオは、社会にとって価値のある人なのだということを示している。
「俺も自分のスコア、知りたいのにさ。ちっとも表示されねぇし」
今度は自分に向けて、測定機を向ける。
すると画面が更新され、文字が表示された。
『測定不能』
名前もスコアもわからないという結果だ。これでは、この監視社会で人間と見なされない。
人と違うことが別に寂しいとは思わない。むしろ嬉しいとさえ思う。だって、堅苦しい生活をしなくて済むのだから。
だが、ほとんどの人がスコアに一喜一憂する以上、自分も同じように一喜一憂してみたかった。
「お遊びは終わりにしてください。息抜きと言って仕事から抜け出してから、既に15分が経過しています。あと5分後に、局長の元へ行くよう言われています」
「やば。局長はまずいって。それ、先に言ってよーもう」
「失礼しました」
後輩に敬語ってどうなの、とふざけたように言いながらその場を後にした。
この日を境に、俺は初めて現場へ出ることとなった。
そう、安心安全な監視社会のために働く東京PT安全保障監視局特務員として。
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