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「いま、どこにいますか?」
貴方はいつもそうやって
ざらざらとした砂のような声で
あたしに問いかけてくるのです。
その問いかけの言葉はもう
きっとあたしが“自分”だなんて
薄っぺらな物に気づいた頃から
耳の奥にはりついて
コンクリートの地面から取れなくなった
真っ黒いガムのように
べっとりとこびりついて──。
べつに
どこも目指したくはないのです。
じっとしていたいだけなのです。
ただのんびりとお日様にあたって
ふんわり雲に浮かんでいたいのです。
……いいや、それは大嘘だ。
そう、あるいは誤魔化しだ。
欺瞞だ、かっこつけだ。
すぐ追い抜かしたい、走りたい。
「負けたくない」
まわりにいる、すべての者たちを
あたしを見下す人たちすべてを──。
いいえ
そんなことありません。
負けるって、そもそもなんですか?
追い抜かした先になにがあるのですか?
走りたくもないのに
あたしは、あたしは
あたしはいま、どこにいますか?
あたしはどうしたいのでしょう。
あたしを一番よく知るはずの貴方は
それを教えてはくれないのです。
貴方の問いは、突然に
たとえば心地よい陽光で目覚めた青い朝
夜半のしんみりしたワイングラス越し
夕暮れの、飲み残しの冷めたコーヒーの中から
それはぬるりとやってくるのです。
どろりどろりと、問いかけてくるのです。
いま、どこにいますか?
どこまで、やってきましたか?
あと、どれくらいですか?
耳の奥にはりついて
べっとべとにこびりつき
引き剥がしたくても
やりかたが、わからないのです。
あたりまえは、もう
引き剥がせないです。
あたしの大切なひと達はみな
ただのんびりすればよいのだと
休めばいい、疲れているのだと
もうなにも考えないでもよいと
やわらかい陽だまりのような言葉で
あたしを励ましてくれます。
だけど貴方の問いが
耳の奥にはりついて
耳の奥にはりついて
べっとべと、どーろどろと
排水管に溜まる脂汚れのように
ぬめり、べとりとこびりついて
どうにも引き剥がせないのです。
いまでもほら、奥の奥のほうで
もうずっとずっと、奥のほうで
まるで冷徹なまでに大粒の雨が
ほら、乱暴に降りしきるように──。
いま、どこにいますか?
あと、どれくらいですか?
そんなの、知らない。
どこもいきたくない。
どこまでいっても、どうせまた
どうせ、いつまでも問いつづけてくるくせに。
────ほっといてよ!
……いいや、嘘だ嘘だ、大嘘だ。
本当は負けたくない、走りたい。
誰より誰よりも、認められたい。
どこにいる?
どこにいる?
ねえ、あたしはいまどこにいる?
どこにいるどこにいるどこにいるどこにいるどこにいるどこにいるどこに──。
もう本当にどうしようもなくて
なにかに、押しつぶされてしまいそうで
安っぽいその辺に転がる言葉を使えば
どうにも胸が張り裂けそうで
いつも迷惑なのです。
<fin.>
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