第27話 柔らかな感触

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第27話 柔らかな感触

 自宅謹慎も二日目になれば、不思議に落ち着いてきた。それに今日のこの大雪じゃ、事態に進展はないだろう。  菜々美ちゃんとも連絡がつき、謝罪できてホッとしたし。彼女のサバサバした対応は今まで見たことのない一面で意外だったけど、返ってスッキリしてる。  これが原因でお別れすることになりそうだってのはただの予感じゃない。彼女からじゃなければ、多分僕から言うんだろうな。なぜなら僕は……。  ――――今日、先輩会社に行くのかな。もう、僕の家には来ないかな。  昨夜、懐中電灯の弱い光が頼りの部屋で、僕らは布団にくるまってお互いの熱だけで寒さから身を守っていた。どうしてそうなったのかわからない。先輩が僕を抱きしめたのは、もっと暖かくなろうとしただけなのかもしれない。それでも……。 『好きだ』  そう、はっきりと聞こえた。僕の耳元で、そう囁いたんだ。まさかそれを、嘘だったなんて誤魔化さないよな。冗談だよって言わないよな。  その後交わしたキスは、以前の乱暴なそれよりももっと軽くて数秒にも満たないわずかな瞬間だったけど、心がこもったものだと僕は感じた。  だけど……運命の悪戯か。先輩の腕が僕を強く抱きしめた時、電気が回復してしまった。しまったなんて言い方変だけど、少なくとも僕はそのまま進みたいと感じてたんだ。エアコンがついて、暖気が部屋に降りてきたときも、なんだか残念で仕方なかった。  先輩はそんな僕の気持ちを確かめることもせず、逃げるように帰ってしまった。何故? 今までも散々僕を振り回していたくせに、どうして肝心なところでするりと逃げてしまうんだよ。  先輩が去った玄関のドアを見つめて、僕は指で唇に触れた。ほんの少しだけ、触れあった時の柔らかい感触が蘇った。  ――――どうしよう……先輩のことが好きだ。  それが紛れもない僕の本心だ。それをあのとき初めて自覚した。なのに、先輩に拒否されてしまったようで不安で仕方ない。会社のことでそれどころじゃないのに、機密漏洩なんてもうどうでもいいって思えるくらい、先輩のことで心が揺らぐんだ。  ――――なんだよ、もう。先輩の馬鹿野郎……。  昨夜の僕らのように、ソファーの上で体育座りをする。目の前では、立ち往生中の車の列にインタビューするリポーターの姿が映ってる。大量の雪を降らした低気圧は、少しずつ北に上がり、今日は新潟辺りが大雪に見舞われるとあった。 『東京方面は午後には陽が出てくると思われますが、慣れない雪道は滑りやすいです。滑らない靴を履くなど十分にご注意ください。車は冬用タイヤのご用意を』  アナウンサーの声が遠い。昨夜はほとんど寝ていない。僕はその不安定な体勢のまま、朝からウトウトしてしまった。
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