第1話 突然のキス

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第1話 突然のキス

 暖冬が当たり前になりつつある日本の冬。東京に雪が積もるような日も数えるほどになった。それでも今日の僕は、心も体も冷え切っている。正月も明け、2月の声が聞こえるころ。  社会人になってもうすぐ2年が経つ。僕は背中を丸め、ダウンのロングコートをしゃかしゃか言わせながら家路を急いだ。 『もう別れましょう。ありがとう、楽しかったわ』 『えええっ! どうして? そんないきなり。まだ三ヶ月しか……』 『だって、ハチ君退屈なんだもん。キスも下手だし』 『た、退屈……』  しかもキスが下手。僕は目の前が真っ暗になった。少し小柄だけど、大きな目がくりっとした可愛い子だった。  クリスマスの少し前、彼女から告白してくれたのに。僕もいいなって思ってたから、嬉しくて。クリスマスにはディナーを食べに行って、プレゼントもした。初詣も一緒に行って……。  ――――なのに、今? 先週のデートだって楽しそうだったじゃないか。それは僕の独りよがりだったのか?  僕は一人暮らししているアパートに飛び込んだ。賃貸で1LDKだけど、新しいし綺麗なんだ。彼女も何度か遊びに来てくれた。ああ、なんかあんまり思い出したくない。 「ハチ、どうした? 暗い顔して」 「先輩っ」  なんでこんなタイミングで……玄関ロビーにいるんだよ。僕は慌てて目に手を当てる。ヤバい。普通に涙出てる。 「あ……おまえ、もしかしてまたフラれた?」 「ま、またって……そんなしょっちゅうじゃないですよ」 「そうか? まあいいか。なんか作ってやるから。俺んち来いよ」  同じアパートに住んでいる新条先輩。大学時代のサークル活動で一個上だった先輩は、料理が趣味で時々僕にごちそうしてくれる。仕事で悩みがあっても恋に躓いても、話を聞いてアドバイスしてくれる頼りになる人だ。  東海地方の田舎から東京の大学に出てきた僕は、院も含めて充実した六年間を過ごし、そのままこの地で就職した。今は半官半民の研究所に勤めている。   先輩とは三年生の時に出会った。運動不足を危惧して始めたフットサル。今でもOB連中とチームを組んで楽しんでいる。   「いつもありがとうございます」 「いいよ。食材費、もらってるしさ。俺も一人で食べるより楽しい」  自分の部屋にも戻らず、僕は先輩のところに上がり込んだ。先輩の部屋は三階で、僕は二階。  このアパートに移ったのは、社会人になってから。それまでは学生専門アパートにいた。就職が決まって、先輩が声をかけてくれたんだ。少し背伸びかなと思ったけど、今はここにしてよかったと思ってる。  コートも上着も脱いで、ネクタイも緩める。いつものようにダイニングで先輩の手料理をご馳走になった。  毎回思うけど、本当に美味しい。何か話すわけでもない。美味しいご飯をお腹いっぱい食べれば、いつの間にか辛い失恋も忘れてしまう。 「ハチみたいにイケメンで優しい男をフルなんてわかんない女だな」  僕の名前は八城瑛人(やしろえいと)。八城のハチとエイトのハチであだ名は普通にハチ。 「イケメンって……先輩から言われたくないですよ」  新条先輩は180を軽く越えた高身長。脚も長くてモデルみたいだ。学生時代、何度もスカウトされたくらいイケメンでお洒落なんだよな。  だけど、何故だが決まった彼女がいなかった。先輩に言わせると、まだ運命の相手に出会ってないって言うんだけど。 「ええ? 俺なんか背が高いだけだよ。ハチのがしょっちゅう告られてるじゃないか」  そうかもしれないけど、いつも長続きしない。今回なんか、あからさまにクリスマス要員だったよな……。 「下手って言われたんですよ」 「はっ? 何を?」  先輩は驚いて僕の目を見る。短髪の黒髪がスポーツマンって感じでカッコいい。先輩は僕の天パーがパーマかけなくていいから安上がりとか言うんだけど、そこは違うよな。 「キスが……下手だって……」 「あ、そっちか」  そっちって。どっちだと思ったのかはわかってますけど、結局彼女からしたら、そっちもご不満だったんでしょうね。 「それは……泣きたくもなるか……」  ぐうう。お腹いっぱいになったのに、切なくなってしまった。 「しょうがないな。俺が教えてやるよ」 「え? 教えるって……」  向かい合って座る僕の胸倉をネクタイごと掴むと先輩は僕を乱暴に引き寄せた。  ――――ええええっ!  先輩の唇が僕のに被さってきた。空いてる手で後頭部を抑え、両手でロック。重ねられた唇の柔らかさに狼狽える暇もなく、先輩の舌が僕の口の中を襲う。  生まれて初めて味わう衝撃と快感に、僕の脳は痺れ、失神寸前に陥った。
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