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第9話 先輩直伝のキス
月曜日に研究所に行くと、五代さんが物凄く機嫌が良かった。彼もあの合コンで収穫があったんだろうな。相変わらずわかりやすい人だ。そういうところ割と好きだけど。
「な、ハチ。俺、響子ちゃんと付き合うことにしたで」
五代さんが鼻の下をこれでもかというほど伸ばして僕に言う。目じりも下がって嬉しくて仕方ないらしい。
確か、響子ちゃんというのは女子側の幹事をしてた人だ。幹事同士で付き合えたなら、お世話になった僕も嬉しいや。グラマラスで目鼻立ちがはっきりした綺麗な人だったな。うん、五代さんの鼻の下が伸びるのも納得だよ。
「僕も、菜々美さんとお付き合いできそうです」
「ほんまかっ! やったなぁ。セットした甲斐があったわ」
「はい。五代さんのお陰です。ありがとうございました」
心からそう思うよ。僕らはお互いの幸運を喜び、仕事に戻った。今日は面倒な計算も捗りそうだよ。
木曜日、仕事をなんとかやっつけて、僕はデートの待ち合わせに向かう。彼女は明日休みなので、ゆっくりしたいだろうな。
「待たせたかな」
「大丈夫。今来たところだから」
白い息を吐いて菜々美さんが笑う。可愛い笑顔だぁ。今日は人気のイタリアンを予約しておいた。胸が躍るよ。
「そう言えば、うちの五代さん、菜々美さんとこの幹事さんとイイ感じみたいなんだよ」
ハムや珍しいお野菜が並ぶ前菜を口に運びながら、内輪ネタを話す。きっと彼女の職場でも話題になってるかなと思ったんだ。
「ああ……三上響子さん、よね。あの方、私あんまり知らないの」
「え? そうなの?」
幹事なのに? まあそういうのもあるか。幹事の友達に誘われたケース。
「営業の方みたいなんだけど、私の先輩の同期なのかな? その関係で声かけてもらったの。でも、ハチさんと会えたので感謝しないとね」
嬉しいことを言ってくれる。白いニットセーターがふんわりしててぬいぐるみみたいで可愛い。
「僕もだよ。五代さんには頭上がんない」
こんな可愛い彼女ができたんだから、感謝しかないな。僕らは和やかに時間を過ごし、店を変えて飲みなおす。話題豊富な彼女に助けられ、退屈はしなかった。少なくとも僕は。
多分、彼女は話したいタイプみたいだから、僕みたいな聞きたいタイプとは相性がいいんだ。よし、これはもう、最後に決めればきっと大丈夫。
「明日は朝早いのよね」
「うん……もう少し一緒に居たいんだけど」
これは僕の本心。だけど、さすがにお泊りは無理だし。それなら終電前に別れるのがベストだろう。イルミネーションが綺麗な場所で僕は彼女と向き合う。
――――今しかない!
このシーンをどういうわけかイメージできなかった僕だけど、今目の前にあるこれは現実だ。先輩直伝のキスを……しなくては。
「菜々美ちゃん……」
彼女の肩を柔らかく持つ。ドキドキ心臓が跳ねまわる。それが腕に伝わって少し震えてるよ。それを気取られないように彼女の黒目勝ちな瞳を見つめた。
菜々美ちゃんが瞼を閉じた。僕は慌ててはだめだと沸騰する脳内を必死に抑え、スローモーションのように彼女の唇に。でも、結局突進してしまった。
最初は唇を重ねるだけの高校生キス。彼女の反応を見ながらって思ってた。最初のキスからいきなりディープってのも盛りがついた犬みたいだろ?
でも、彼女も僕も盛りの付いた犬だったようだ。僕らは結局ディープなキスに突き進んだ。脳裏に先輩が僕にしたキスが蘇る。その興奮のままに彼女の舌に僕のを絡ませる。お互いの腕に力が入っていく。僕は彼女を懸命に抱きしめた。
「ハチさん……好き」
余韻を楽しむように唇を離すと、菜々美ちゃんがため息をつくように言ってくれた。瞳がハート型になっているのは気のせいじゃないはずだ。僕はもう一度彼女を抱きしめた。
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