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第10話 先輩の彼女?
彼女は別れがたい雰囲気を出していたけれど、そうもいかない。明日は海外組とのオンライン会議なんだよ。終電に滑り込んで、僕はアパートに戻った。
でも、今回はすごくうまくいった気がする。何よりも最後の締めが良かった。これも先輩のお陰だなぁ。あんなふうに上手に出来たかわからないけれど……忘れられないキスになってたら嬉しいな。
――――僕は……どうだろう。
不思議なことに、こっちが仕掛けたこともあるだろうけど、そんなに記憶に残っていない。してやったりな達成感はあるんだけど。ということは、先輩も僕にキスしたことなんて、何とも思ってないってことだ。
誤解をしないで欲しいんだけど、残念なんじゃない。気にしてないならその方が助かる。僕と同じようにいつまでも心に残ってたら、それはそれで嫌だ。
あ……なんか今、墓穴掘った気がする。まあいい。彼女との関係をもっと深く築いていって上書きすればいいんだ。
今週末は休みが合わなくて会えない。土曜日、僕はいつも通り先輩とフットサルに出掛けた。先輩は車も持っているのでフットサル場までの行き帰りも一緒だ。
「調子良さそうだな。例の旅行会社の彼女とうまくいってるのか?」
「はい。先輩のお陰です」
「え? 俺の? なんかしたっけ」
あ、また自爆しそうだ。した方は、恐らくもう忘れてる。
「あ、いえ。何でもないです。社交辞令なんで」
先輩はわかったようなわからないような微妙な笑顔を見せた。
「そうだ。来月のワーケーション、ちょうどバレンタインデーとぶつかっちゃうんだよ。おまえ、来れないな」
「え? あ、ちょっと待ってください」
僕はスマホを取りだしてスケジュールを眺める。彼女のシフトを入力してあって、デート出来そうな日を調整してるんだ。
「あ、いえ。大丈夫です。15日に会うことになってるんで。予定通り金曜日、会社引けたら行きます」
「お、そうか。最寄り駅まで迎えに行くから。なかなかお洒落な物件だぞ。俺は水曜日から行くことにした」
「そうなんだあ。いいなあ。僕もそういう働き方したいですよ」
「ま、出来る職種とそうじゃないのあるよな。そのうち、自分で研究できるようになったら可能かもよ」
だといいんだけど。
フットサル場には、大学時代のサークル仲間が集う。ここに来れば、いつまでたっても学生気分だ。2チームに分かれてゲーム中心の練習。たまに試合もあるので運動不足の解消だけでなく、緊張感のある楽しい時間だ。
「あれ、あの人だれ?」
たまに見慣れない女性が練習を見学にやってくる。大抵誰かの彼女だから、顔を覚えるんだけど、この人は初めてだ。ストレートのミディアムヘアに背が高くてものすごくスタイルがいい。モデルさんみたい。僕はタメの庄司君に尋ねた。
「え? ハチ知らないの? おまえの大切な新条先輩の彼女じゃん」
「ええっ!? 知らない、知らない。マジかよ」
いや、聞いてないよ。最近、デートしてる様子もなかったし、アパートに来てるふうでもない。だから、合コンには行かないって言ったのかな。なら、はっきりそう言えばいいのに。
なんだか僕は腹が立ってきた。別になんでも正直に言えってわけじゃないけれど。僕は馬鹿みたいに話してるのに……。
「先週、ハチが休んでるときにも来てたぞ。彼女だろ? そうじゃなきゃ、こんなに寒いのにグラウンド来ないよ」
庄司君の言うには、はっきり紹介されたわけじゃないらしい。でも、先週は二人で一緒に帰っていったと。今も親し気に話してる。
そうか、じゃあ僕、今日は一人で帰らないといけないじゃないか。先輩、それもまた何も言ってくれなかった……。
なんだか悶々としながらのフットサル。いつもみたいにいい汗が掻けなかった。
「ハチ、帰るぞ。それとも汗が冷えるからシャワーしていくか?」
そそくさと帰り支度をしている僕に、先輩から声がかかった。
「先輩……彼女さんと帰ってください。僕は電車で帰ります」
怒ってるわけじゃない。最初から言ってくれないから、こんなことになるんだ。なんだよ、それとも三人で帰るってか? お断りだよ。それほどKYじゃない。
「は? 何言ってんの? 彼女?」
「なにしらばっくれてるんですか。モデルさんみたいなスタイルいい方、彼女さんでしょ?」
「あ? ああ、佳乃のこと言ってるのか。あいつは自分の車で来たからもうとっくに帰ったよ。それに彼女じゃないし」
「え? そうなんですか……」
「拗ねるなよ。帰りになんか食べて行こうぜ」
先輩が僕をからかうようにおでこをツンと突いた。別に拗ねてなんか。でも、何故だろう。ホッとしている自分がいた。
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