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第17話 予期せぬ出来事
一日遅れのバレンタイン、天気予報の通り寒波はまだ来ず、無事に会うことができた。
彼女は僕に手作りチョコケーキをくれた。今日一日かけて作ってくれたらしい。手作りのチョコって割と男性陣には恐怖なんだけど、そんなことは全くなかった。元々お菓子作りは好きだったみたいで、見た目も味も申し分なかった。
ケーキを一緒に食べるという理由で、彼女は僕のアパートにやってきた。ワインで乾杯しつつ戴いたケーキは美味しかった。だけど、彼女は初めて僕の部屋に来て興奮したのか、酔いが回って寝潰れてしまい、結局そのまま泊まることに。
「急いで。遅れちゃうよ」
朝、玄関前で菜々美ちゃんに声をかける。職場が少し遠い彼女と一緒に出社するため、今朝はいつもより早くアパートを出た。なんだけど……。
「ハチ、おはよう。今日は早いんだな」
背中の下り階段から、馴染みのある声が聞こえた。
「あ、先輩おはようございます。えっと……今朝は訳ありで」
先輩も今日は早出なのかな。さっと俺の部屋を覗き、口角の片方だけ上げた。彼女が泊まったことわかったみたいだ。
「その、終電がなくなっちゃって……」
恥ずかしさもあったけど、なんだか言い訳したくなってしまった。そんな必要ないのに。
「なるほどな。じゃ、俺急ぐから」
「ハチ君、お待たせ。あ……」
先輩が階段を下りて行くのと同時に菜々美ちゃんが部屋から出てきた。
「もしかして、今の方」
「うん、新条先輩だよ。でも今日急ぐみたい。紹介したかったのに残念」
「追いかけようよっ」
彼女は僕の腕を掴んで今にも階段に向かおうとする。でも、今朝の先輩の表情から、今は紹介してほしくないオーラを感じていた。だって、急ぐとしても足を止めるくらいはするだろう。彼女に会いたいと思うなら。
「いや、やめとこう。先輩走って行っちゃったから間に合わないよ」
「えー、そうなんだ。残念」
なんでそんなに残念なんだ? 昨夜、先輩も写ってるフットサルメンバーとの写真を見て、目を輝かしてたんだよな。ほんと、分かりやすい。
色々お腹いっぱいな気分で出社した僕だったけれど、研究所に入ってすぐ足を止めた。異様な雰囲気が漂っていたからだ。二日酔いも一挙に醒めた。
いつもエントランスで社内証をかざして入門するんだけど、そこにたくさんのスーツをビシッと決めた強面の方々が待っていた。そして、なぜかスマホの提出を求められる。
「あの……」
「社員の方、全員にお願いしていますので」
そう言って、軽く僕の社員証とスマホを眺め見る。
「後ほど、インタビューがございますので、こちらはその時お返しします」
「え? それは……」
「すみません、詳細は所属長からお聞きください」
見れば、他の同僚も同じ様に対応されている。僕は何が起こっているのかわからないまま、職場のあるフロアに上がる。日常にありふれていた景色はあっという間に暗雲たれ込めるものに変わっていった。
フロアの扉を社員証を再びかざして入室する。そこから先は、今まで経験したこともない事件が目白押し、恐ろしい初体験の連続だった。
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