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第18話 取り調べ
誰も仕事をしていなかった。パソコンは没収されたのか、仕事机の上には残骸を思わせる埃がうっすらと残っている。
既に出社していた同僚たちは、魂が抜けたような表情で椅子に座り、雑談をしている者すらいなかった。
「ハチ」
「あ、五代さん、一体何があったんですか」
今朝は菜々美ちゃんの時間に合わせたので、僕にしては早い出社だった。それでもさらに早くから出社するメンバーはいて、そのなかに五代さんもいた。
「大変や。室長には連絡があったらしいんけど、どうやら機密情報が漏れたみたいや」
「ええっ! マジですか」
僕らの研究テーマはそれ自体にも寄るけれど、情報は十分な価値を生む。だからこそ、機密情報には鉄壁の防御を施しているはずなのだけれど。
「ハッキングとかそういうんじゃないんですか? なんだか誰かが故意に漏らしたかのような扱いだ」
エントランスでスマホを取り上げられるなんて、考えてみれば屈辱的な行為だ。会社支給のものだとしても。僕ら下っ端は支給されてないからまんまプライベートのだよ。五代さんによると、二台持ちの人は二台とも提出させられたらしい。
「漏れたんは、どうやら俺らがやってるテーマのみたいや。だからここのフロアは厳戒態勢なんやよ」
何てことだ。僕のいる部署の誰かが漏らしたってことなのか? いや、きっと故意じゃなくて不可抗力かうっかりなんじゃないかな。
しかし、件のテーマに関わってるのはどう少なく見積もっても五十人はいる。そのなかから見つけるのって可能なんだろうか。
「僕らのプライバシーとか、無視なんでしょうか。全く身に覚えがないのに」
「そやなあ。監査部が内部調査しとるみたいやから、どこまでやるんかなあ」
僕のスマホ、なんかマズイもの入れてたかな。最近は菜々美ちゃんとのツーショットや先輩と行った鎌倉の写真ばかりだと思うけど。嫌だなあ、もう。何にせよ、変な写真撮ってなくて良かった。
監査部からの取り調べは、すぐに始まり、僕の順は昼食前だった。先に終わった五代さんが真っ青な顔で戻ってきたので、とても状況を聞く気にはならなかった。
「技術開発部人間情報研究室第1G、八城瑛人さんですね」
「はい」
「どうぞ、ご着席ください」
ダークなスーツに身を包んだ四十代と三十代くらいの男性が二人。就職試験の面接官みたいな表情でテーブルの前に座っている。僕のほうにはポツンと椅子が一つ。これじゃあ相手から全身丸見えで落ち着かない。完全な取り調べだ。向こうは犯人捜しをしてるんだ。
「よろしくお願いします」
僕はそれでも何も悪いことはしていない。緊張で心臓がバクバクしたけれど、慌てずに腰を下ろした。テーブルの上にはPCと、多分僕のスマホが置かれている。中身はもう調べたんだろうか。
「監査部調査室室長の真壁です。横にいるのは田辺主任。面接の内容は、録音させていただきますのでご了解ください」
白髪が目立つ真壁室長は、努めて柔らかい口調で話し始めた。隣の田辺主任は眼鏡のブリッジをふっと上げる。なんだか嫌味に感じるのは気のせいだろうか。
「今、社内で何が起こっているか理解されてますか」
「いえ、よくはわかっていません。ただならぬ事態に陥っているのだろうとは想像しますけれど」
二人の面接官は顔を見合わせる。なにかマズイことを言っただろうか。
「あなたの業務内容を詳細に述べてください」
目の前にあるパソコンをチェックしながら田辺主任が口を開いた。僕は背筋を伸ばし話し始める。何を言っていいのか悪いのか見当もつかない。ただ、正直に話すだけだ。
「ところで、この、新条零さんという方とはどのような関係ですか?」
一通り僕が話すと、真鍋さんの方からいきなり言われた。
「え……どうして……」
「あと、吉田菜々美さんのことも教えてください」
「な、なんでそんなことっ!」
僕は思わず席を立ち叫んでしまった。追い詰められた犯人みたいな振る舞い、絶対したくなかったのに。先輩や菜々美ちゃんのことを問われて思わず我を忘れた。
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