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第20話 不祥事
面談を終えた数人の同僚が、社内電話に向かい小声で話している。その状況は僕にもわかった。ここからかける外線は、相手先の番号はもちろん自動的に録音されることになっている。だから、この電話を使うことにお咎めはないんだ。
――――今の事態は内密ということだった。どう説明しよう。少なくとも、この電話で真実を告げられない。
でも、先輩や菜々美ちゃんには監査部から何か問い合わせがあるかもしれないんだ。隠してても仕方ないような気がする。僕は深くため息をついた。
結局、両親や菜々美ちゃんには適当な嘘をついて、二、三日連絡取れない旨を告げた。先輩には、帰ってから直接話す。今、僕が経験したことを先輩にはきちんと話したかった。先輩だけは信用できるから、何を言っても大丈夫だ。
うん、僕は少しだけ菜々美ちゃんのことを疑ってた。ただ、彼女に何か大事な話をした覚えはない。
「五代さん、大丈夫ですか?」
自席でうつ伏せになっている五代さんに声をかけてみた。あまりに焦燥しているので、放っておけなかった。
「ハチ、俺、なんかもうわからへんくなった。疑われてんのかな」
「大丈夫ですよ。僕だって、犯人みたく扱われましたから、うちのグループ、全員そうみたいです」
どうやら監査部の狙いは僕たちのグループ、8人に的を絞った気がする。他のグループの連中は既に帰宅してるんだ。それもどうかと思うけど。これから仕事はどうなるんだろう。やらなければならないこと、たくさんあるのに。
「みんな、集まってくれ」
五代さんと二人ぽつぽつと話していたら、僕らの上司が声をかけてきた。グループメンバーが重い足取りでその周りに集まる。僕らもそれに従った。
「残念だが、私たちのグループはしばらく自宅謹慎になった」
みんなが一斉に息を呑んだ。唖然として、誰も何も発しない。業を煮やした五代さんが上司に詰め寄った。
「そんな。なんでそんなことに。俺らの中にスパイがいるっていうんですか?」
「私はそうでないと信じてる。でも上の方はそう考えてるみたいだ。漏洩した情報がうちのグループで扱っていた内容だったから仕方ないが」
ここに至ってようやく事態が僕らにも説明された。僕らがここ数ヶ月関わってきた研究は、ある行動と購買意欲との関係を数値化するものだった。
経済に直結するテーマだし、どうしても個人情報と紐づいてしまう。それが外部に出た可能性があるとのことだった。
これが本当だったら大不祥事だし、もし売ってたのであれば確かに刑事事件になる。可能性ってことだけど、ここまでするところを見れば確信してるんだろうな。
「出社については追って連絡する。このガラケー使ってくれ」
会社携帯のレンタル用のやつだ。出張なんか行くときに使う。最低限はこれでなんとかなるけど、これもオフィスの電話同様の管理がされている。
「自宅のPCも調べられるんでしょうか」
「恐らくな。明日中には取りにいくだろう。エッチ写真とか削除してもいいぞ。どのみち復元はされるけどな」
ため息なのか失意の嘆きなのか、よくわからない音が周囲から聞こえてきた。みな、頭を抱えてる。家族のいる人は、耐えられないだろうと想像できるよ。
僕は巣ごもりになるのを覚悟して、3日分ほどの食料品を購入してから帰宅した。鉛のように重たい足を上げ、階段を昇る。
――――先輩に会いたい……。
先輩の帰宅時間にはまだ早い。それでもどうしてか、先輩の顔が見たかった。今の苦しい胸の内も先輩に話したい。そして、もしかして迷惑をかけるかもしれないことを詫びたい。
涙が目に滲む。手の甲でぬぐいながら、先輩の声が聞きたいと切に願った。
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