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第23話 一寸先は闇
鍋にでもしようと、先輩はカセットコンロを持ってきてくれた。僕と先輩の冷蔵庫の中から材料になるのを出して、二人で準備した。
先輩と一緒にキッチンに立つと、手際の良さに感心する。こういうのも頭の良い人はテキパキと計算できるんだろう。僕も同じ大学の同じ理工学部だったのに、どうしてこうも違うんだ。
「あ、中央道は通行止めになったな。電車も朝から止まりそうだ。こりゃひどいことになったな」
先輩がスマホを眺めながら言った。もうお腹一杯。締めの雑炊まで食べ終わり、僕らはリビングでうだうだしていた。
「そうなんだ。先輩、明日もリモートですか?」
「うーん、出社の予定だったけど、電車が動かないなら無理かもなあ」
そうなんだ。僕はなら、雪に感謝するかな。てか、僕は明日も缶詰なのか?
「さて、そろそろ帰るわ。これ置いたままでいい?」
先輩はカセットコンロと周りにある食器を指さした。
「もちろんです。明日持って行きます」
「ん、頼むわ。あー腹いっぱいだよ」
先輩が満腹の腹を軽く叩きながら立ち上がると、そこらに丸めてあったコートに手を伸ばす。
「先輩、良かったら泊まっていきませんか? 廊下も多分雪積もってますよ」
時間は既に十時を回っていた。夕方から本降りになった雪はやむことなく降り続いている。都会の脆弱な交通網はマヒしているし、この辺も積もっただろう。アパートの廊下も例外ではないはずだ。もちろん、歩けないほどではないだろうけど。
「ええ? ふふうん。おまえ、寂しいのか?」
先輩はコートに手を通しながら笑う。図星を突かれて僕は返答できない。
寂しいっていうのは言い過ぎだけど、少なくとも長い夜をまた悶々とするのは辛い。全く僕の我がままだから、雪のせいにするのは卑怯だけど、話し相手が欲しいのは事実だ。
「俺を泊めると、襲っちゃうぞ」
また悪戯小僧みたいな表情で先輩が言う。冗談に決まってるし、ということは、やんわり断ってるんだ。僕は空気読める大人だから、それぐらいはわかる。
「は……いやあ、その。すみません。いい大人が何言ってるんですかね」
照れ隠しのように頭を掻きながら先輩の顔を見た。
――――えっ……。
そこには予想だにしなかった、真面目な顔をした先輩がいた。コートは既に着終わっていたけど、僕の顔をじっと見ている。
「ハチ……」
先輩の右手が僕の頬にむかって伸びてきた。僕は息を止めてそれを待った。まるでスローモーション映像のように、ゆっくりと僕の瞳を横切っていく。
「わっ!」
瞬間、僕らの世界は真っ暗闇に落ちた。同時に先輩の手が引っ込んだのを感覚だけで理解した。
「停電か……」
先輩がため息のように言う。僕の脳裏にいつか聞いた気象予報士の言葉が蘇った。
『今回の寒波は長く居座る可能性があります。停電なんかもあり得るので、本当に気を付けて欲しいです』
文字通り一寸先が闇となった。
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