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第30話 勝負ネクタイ
朝が来た。三日ぶりの出社だ。僕は平常心を保とうとしたけれど、そうもいかない。勝負ネクタイなんか締めて、一体何と勝負するつもりなのか。
昨夜、期待したけど先輩は来てくれなかった。無罪放免を祝ってくれるかなと思ったんだけど、そんなに甘くないか。もしかしたら、先輩も気まずいのかな。そんなっ。勝手にやるだけやって知らん顔もないもんだよ。
「よっ。おはよう。気合入ってんな」
「あ、おはようございます」
アパートのロビーで先輩に会った。実を言うと、そろそろかなと思って少しだけ待ってた。
先輩、今日は寒いからかロングのダウンコートを着てる。普通ならもっこりするとこなのに背が高くて脚が長いからカッコいい。そんなの、今始まったことじゃないのに今日は胸が熱くなる。
「先輩にはお見通しですね」
僕の勝負ネクタイに気づいてくれた。素直に嬉しい……。
「ま、気持ちはわかるよ。でも、こういう時こそ平常心だぞ。会社の上層部ってずる賢いからな」
「はい、ありがとうございます。本当にそうですね……」
一度負のレッテルを貼られたら、挽回するのは大変だろうな。たとえ何もしていなかったとしても。
「ま、いざとなったら一緒に起業するか」
「ええっ。それ、いいですね。僕、絶対乗りますよ!」
冗談だろうけど、そんなことが実現出来たらどんなに楽しいだろう。想像しただけで鳥肌が立ってくるよ。武者震いか。
――――いつそんな日が来てもいいように、準備していようかな。きっと無駄にはならない。
急に展望が開けた気がする。勝負ネクタイをはめてきて良かった。やっぱり先輩は凄いな。僕をいつも元気にしてくれる。
社員証が問題なく使えると、チキンな僕はホッとする。先輩のおかげで何でも来いって勢いだったのに、ホントに情けないよ。そのままフロアに入ると、同僚たちが集まって雑談していた。
――――おかしいな。関西弁が聞こえない。
僕は五代さんを探した。辺りを見回したが、関西弁どころか姿そのものも見えない。彼も曲がりなりにも主任の立場だし、先に会議室に行ってるのかも。
「あ、ハチ。301会議室に行ってこいよ。スマホとPC、返却してもらえるぞ」
「ありがとうございます。あの、五代さんはもう出社されてますか?」
同じグループでもう一人の主任、鎌田さんが教えてくれた。すかさず僕は五代さんのことを聞いてみた。
「いや? 今朝は見てないな」
「そうですか……301、行ってきます」
胸に沸き起こる不吉な予感。それを振り払うように僕は会議室に行った。そこには僕を取り調べた田辺主任が待っていた。
「八城さん、おはようございます。スマホとパソコンご確認ください」
セットにされた僕の機器を確認する。三日ぶりに僕の手に戻って来てくれたスマホ。やっぱりおまえはなくてはならない大切なツールだよ。
「あの……」
「はい? 何か不具合ありましたか?」
こいつも僕らに詫びる気持ちは一切ないらしい。相変わらずの上から目線がムカつく。
「五代主任はもう、取りに来られましたか?」
田辺は僕の質問に少し間を置いた。そしてくちびるをゆがめるようにして言った。
「五代主任の処遇はまだ決まっていません。人事部扱いになりましたから」
えっ! 僕は声を出す代わりに息を呑んだ。衝撃だった。せっかく手にしたスマホを落としそうになるくらいは。
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