第35話 驚愕の事実

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第35話 驚愕の事実

 月曜日に出社すると、五代さんの机の上は跡形もなく片付けられていた。彼が使っていたパソコンはもちろん、書類箱は空っぽで閉じられ、愛用の鉛筆立ても無くなっていた。恐らく週末、私物を取りに来たんだろう。 「五代な、四月から新潟にある農業センターに行くんだと」  空っぽの机を眺めていた僕に、鎌田さんが教えてくれた。農業センター……。まるで畑違いのところだけど、以前研究所が不景気で傾いた時、何でもやってみようの精神で始めた事業だ。斬新な方法で意外に収益が出ている。 「そうですか……割と五代さんに合ってるかも」 「ま、何をするかにも寄るけどな」 「それは……そうですね」  三月中は人事部扱いのままだと言う。どこかに缶詰らしく、会うのは難しいと言われた。五代さんの家はわかってるし会いに行っても大丈夫かな。それとも、このまま会わずにいるのが武士の情けだろうか。 「とりあえず、五代の仕事は私が引き継ぐことになったから、ハチ、よろしく頼むな」 「はい。こちらこそよろしくお願いします」  会社、特に監査部には思うところがあるけれど、僕はここの仕事が嫌いじゃない。先輩が勧めてくれた場所だし、また気持ちを入れ替えて頑張ろう。  久しぶりに仕事に集中できて、随分と捗った。停滞していた時間が長くてまだまだ追いつかないけれど、それでも見通しがついてきた。僕は、菜々美ちゃんに連絡を取ることにした。 『水曜日なら会えます』  メールの返信はそうあった。僕はもう休みを取れる場合じゃないので、昼休みに抜けることにした。個室のある近くの和食処を予約した。  休憩中に別れ話をするなんて随分アクロバティックだけど仕方ない。一つ一つ解決していかないと。僕は前に進みたい。 「響子さん、いつの間にかいなくなってた。逮捕されたのかな」  お手拭きで手をふきふき、菜々美ちゃんが言った。彼女のいる旅行会社でも、何らかの情報が入ったのかな。  水曜日のお昼休み。彼女は時間通り店にやってきた。水色のセーターが茶色のロングヘアに似合ってる。 「どうだろ。詳しくは教えてくれなくて、僕もよく知らないんだよ」  人気のランチ、松花堂弁当を食べながら近況を報告しあう。食後の珈琲がテーブルに置かれたのを見計らって、僕は切り出した。 「あの……実は話があって」 「ああ、うん。そうだよね。私もある」  別れの気配を、彼女も感じていたんだろうな。犯人扱いされてひどい目にあったんだ。菜々美ちゃんも傷ついただろう。 「実は……あの時合コンに参加した女性陣全員、響子さんに雇われてたの」  驚愕の事実。僕は持っていたカップを落とし、ホット珈琲を足にぶちまけた。
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