第36話 ミッションインポッシブル

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第36話 ミッションインポッシブル

 ――――響子さんに雇われていた。  衝撃の告白に僕は珈琲を思い切りぶちまける。 「あ、あちっ! 熱っ」  掘りごたつから飛び出し、お手拭きで慌てて拭いた。暗い色のズボンだから目立たないけど、これはシミになるなあ。 「大丈夫?」 「あ、うん。平気。ごめん、びっくりして」 「そうよね。うん、まあ雇われたは言い過ぎかな」  三上響子は僕たち研究所所員との合コンを手配するにあたり、社内のこれという女の子に声をかけたらしい。 「合コンに参加してくれたら、食事代はもちろん、日給もくれるって」  だから彼氏がいる子も参加したという。そしてもう一つ、大事なミッションを与えた。 『まずはデートに漕ぎつけて。それからパソコンやスマホのパスワードを自分の名前や生年月日に変えさせるの。もしこれが出来たら、一人十万円のボーナスを上げるわ。これはゲームだから、気楽に参加して』  どうしてそんなことを言うのかわからなかった。でも、別にノルマってわけじゃない。菜々美ちゃんも他の女性たちも軽い気持ちで参加したらしい。  行ってみれば楽しいし、男性陣も理知的で素敵だった。すぐにそんなミッションのことは忘れてしまい、純粋に合コンを楽しんだ。 「だけど、ハチ君と付き合い出したら、響子さんからミッションの話をしつこくされて。ハチ君の仕事が機密にうるさいのわかってたから、無視してたのよね。そしたら……」  突然、僕の会社から連絡があった。内容はどうにも作り話にしか思えないし、当の響子女史の様子もおかしい。翌日から会社にも出てこなくなったので、例のミッションが関係あるのだと気づいた。 「うちの上司に確認したら、響子さんは出入り禁止になったって。やっぱりどこかのヤバい組織と関係があったんだよね」 「なるほど……そうだったんだ」  ヤバい組織ってのは、機密情報のやり取りを裏で仲介するとこだろうか。 「私や他の集められた女の子は、本当に頼まれただけでそんな組織とは関係なかったの。私もハチ君を騙すつもりはなかった。でも、そんなこと信じられないよね。好きな気持ちも失せるってわかる……」  確かに、本気で好きになってたら、釈然としない思いにかられるだろうなあ。それでも、何とか修繕していこうと頑張るんだろうけど。 「別れ話なんだよね。ハチ君の話……」  諦めのついた表情で僕を見る菜々美ちゃん。なんだか罪悪感が……。でも、きちんと言わないと。 「うん……でも、今回のことが直接の原因じゃないんだ。君が僕を騙すつもりなかったっていうの信じられるし。だけど、そうだな、このことがきっかけで、他に好きな人が出来たって言うか、好きだったことに気付いたって言うか……」  僕がそこまで言うと、どんよりしていた彼女の瞳に少しだけ光が戻ったように見えた。 「ああ、そうなんだ」 「ごめん、本当に」  僕はテーブルに手をついて頭を下げた。 「なんだ。でも、ちょっとホッとした。フラれるのは同じなんだけど、自分のせいじゃないなら……。ハチ君に申し訳ないことしたって思ってたから気が楽になった」 「え? ああ、そう言ってくれるなら僕も有難いけど……」  なんだか変な話になったな。お互いが別れ話をお互いの理屈で受け入れている。 「あ、わかった。その相手って、例の先輩でしょ。新条さん? だっけ」  もしカップを持っていたら、僕はもう一度落としただろう。
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