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第43話 ツーショット
なんで五代さんにまでバレてるのか。もちろん彼だって先輩に会ったことないんだ。僕はそんなに先輩のことを話したんだろうか。会社で? 仕事中に? 飲み会とかかなあ。
自分すら気付かなかった思いをことあるごとに当てられて、当惑するわ恥ずかしいわで落ち着かない。
――――こんななら、先輩だって気づいてるんじゃ? なんたって本人だよ? まさか、それで何度もキスしてきたのか?
いやいや、そんなわけない……よな。もし知ってたとしたら、既にフラれてるってことじゃないか。先輩は僕に好きなんて一言も……。
――――言ってたな……。逃げちゃったけど。
だけど、五代さんが言う通り、このままじゃだめだ。このまま先輩と気まずいのも嫌だし。告白してフラれたって、元に戻れるよ。時間かかっても今のままよりいいはずだ。
遅い昼ご飯をファストフード店で済ませて帰宅した。先輩の車はまだ駐車場になかった。さすがにまた、佳乃さんと一緒のところは見たくない。
先輩が何もないって言ってたって、目にすると胸が痛む。僕は見えない影に追われるようにアパートの中に入った。
部屋には春の日差しが窓から差し込んでいた。もうエアコンを付けなくても日中は暖かい。激務と寝不足もあって、僕はソファーの上でウトウトしてた。その気持ちのいい寝入りばなをスマホの通信音で邪魔されてしまった。
「なんだよ」
寝転びながら手に取ると、サークルメンバーの庄司君だ。彼も花見の幹事だからその相談かな?
「はい」
『あ、ハチ。あのさ、今病院なんだけど』
予想もつかなかった事態。僕はコート一つ羽織ってアパートを飛び出した。
庄司君はフットサル場近くの病院から電話してきた。練習中、突然先輩が倒れてしまったと。僕はスマホを持ったまま卒倒しそうになった。
『みんな救急医療室の前で待ってたんだけど、なかなか容体がわかんなくて。さっきようやく中に入れてもらえたんだよ』
「それで、先輩は大丈夫なのかよっ」
そんな話はどうだっていい、今どうなってるのか教えろよ。大体、もっと早く連絡しろっ。
『大丈夫だよ。話も出来たし。それで、おまえを呼んで欲しいって言われたんだ。ハチ、車ないけど来れるか?』
先輩が……僕を呼んでくれてる。
「行くに決まってるだろっ。アマゾンだって行くわっ」
大丈夫と聞いたからってギャグを言ったつもりは毛頭ない。
『はいはい。あ、先輩が財布持って来てってさ。うっかり忘れたらしい。保険証も入ってるからって』
ああ。そういうことか。一瞬にしてまた落胆した。僕は確かに先輩の部屋の合いかぎを持ってる。もしもの時のためにお互いが持ち合ってるんだけど。そうだな。こういう時のためだ。
だけど考えてみれば、保険証なんか別に今じゃなくても後からだって構わないんだ。お金だって借りられる。自分勝手な妄想だとしても、先輩が僕を頼ってくれたと思いたい。
――――いや、そんなことはどうでもいい。とにかく急いで行くんだ。滅茶苦茶心配だよ。先輩だって心細いかもしれないじゃないか。庄司君は大丈夫って言うけど、しんどいのかも。先輩の顔見ないと落ち着かないっ。
先輩の部屋に入ると、ダイニングテーブルにポツンと財布が置いてあった。黒の長財布。ポケットを見ると、保険証も入ってる。
――――これだ。間違いない。多分、スポーツバッグに入れ替えようとして忘れたんだな。先輩にしては珍しい……あれ……。
財布にはポケットがいくつかあって、クレジットカードなんかが入ってる。その一つに一枚の写真が入ってた。気が急いているのに見ずにおれない。僕は恐る恐る指で引き出した。
――――あ……。
心臓が跳ね飛んだ。僕の部屋にも飾ってある。先輩とツーショットの写真だった。
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