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第45話 あなたにいて欲しい。
先輩が倒れた。一報を聞いて、僕はとにかく病院へと向かった。そこには洒落たスポーツウェアを身に纏った佳乃さんの姿が。
結局、保険証を持ってくるだけの役目だったんじゃないのか。自信のない僕は、帰ろうとする佳乃さんを呼び止めた。
「一応言っとくけど、フラれたとしても諦めたわけじゃないんだから」
「え……と」
お話が見えません。
「総合的に見て、オスのあなたより、私の方が有利なの。わかってる?」
「はあ、まあ。なんとなく」
どう見ても、あなたの方が強そうです。
「新条君は君に居て欲しいのよ、知ってたけど。だからさっさと行きなさいよ。その、なんていうのか、好きな人のために自分の気持ちを内に秘めるってのかな。そういうの、私は大嫌いなのよっ」
なんだか怒られた。でも、悪意を感じることはなかった。
「わかりました……。その、ありがとうございました」
僕は最敬礼のお辞儀をして、踵を返した。
――――新条君はあなたに居て欲しいのよ。
その言葉を全面的に信じた。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ああ? なんだよ。来ていきなりいなくなって……。大丈夫じゃないから病院に居るんだろうが」
「はい、そうですね。保険証と……着替え持ってきました」
「ん。ありがとな」
毒づく元気はあったみたいで安心した。僕が財布を渡すと、安堵したように笑顔を見せてくれた。
「まだ辛そうですよ。休んでてください。何か買ってきましょうか?」
「あ、いやいいよ。そのうち医者か誰か来るだろう。一晩泊まってけって言われたよ」
練習中、目の前が真っ白になって、最後に見たのは地面だったらしい。意識は救急車の中で戻ったが、激烈に眠くなって寝てしまったという……。
「要するに寝不足だったんだな」
「マジですか……」
そんな、寝不足で救急車に運ばれるとか、色々怒られそうだ。
「でも、そんな言い訳では許してもらえなくてさ。検査目白押しだよ」
「まあ、それで何もなければいいじゃないですか。なんで眠れなかったのかは知りませんけど、ちょうどいい機会です。ゆっくり寝てください」
僕が呆れたように言うと、先輩は僕の顔をじっと見つめる。そんな顔して見られたら、どうしていいかわからなくなる。
「なんで眠れなかったか……か。なんでだろうねえ」
切れ長の目を細め、口角を上げる。なんだか嬉しそうに見えるのは気のせいか。
「新条さん、起きてます?」
僕の背後から人の気配がする。と同時にカーテンが開けられた。どっちにしても隣のベッドは空いてるので、カーテン閉める必要もないんだけど。
「あ、お世話になってます」
バインダーを持った看護師さんだ。年齢は僕の母親くらい。つまりベテランぽい。あいさつした僕を一瞥して話を続けた。
「検査の結果。今のところ悪くないけど、明日もう一度CT取るから今日は泊まってってね。あと点滴もう一本するから、着替えるなら先に着替えておいて」
「はい。わかりましたあ」
先輩は小学生のような受け答えだ。看護師さんはふっと鼻で笑いながら点滴を外してくれた。
「あ、保険証、持って来てもらったんで」
「はい。預かりますね」
先輩は僕の持ってきた財布から健康保険証を取り出した。その時、ちらりと写真が見える。電気で痺れたみたいにぴくりとした。
――――ちゃんと入れ直したよな。取り出したのバレてないよな。
先輩が財布をベッドわきの引き出しに仕舞うまで、僕は軽く固まったまま目で追った。
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