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第6話 (回想)熱中時代
あれは今とは真逆の季節。僕が修士二年生の夏だった。周りの友達は、既に内定をもらって残りの学生生活を楽しもうとどん欲だ。でも、僕は汗をダラダラ搔きながら都会の街を歩いていた。
「御社の社風に感銘を受けまして……」
「ふうん。どういったところに感銘受けたのかな? うちの社風なんてどうしてわかったんだよ」
「え……それはですね……」
圧迫面接に、僕の神経は擦り切れ、もういっぱいいっぱいだった。それにこの暑さ。まさか真夏になってまでこのリクルートスーツを着るとは思わなったから、熱くて死にそうだ。
影のない歩道を歩いているとき目の前が真っ暗になり、気絶してしまった。熱中症だった。
「点滴が終わったら帰れますよ。どなたかに迎えてに来てもらったほうがいいかと思います」
気が付くと病院にいた。頭痛がひどくて起き上がるのもキツイ。これで帰れと言うのか、社会はどこまでも厳しいな。でも、誰が救急車呼んでくれたんだろう。優しい人もいたんだ。
看護師さんによると、僕が倒れたのは本屋の店先で、そこの店主が呼んでくれたらしい。後でお礼に行かなくては。
『どなたかに迎えに来てもらった方がいいですよ……』
看護師さんが言ってた。誰かに連絡か。一体誰にすればいいんだ。実家は新幹線じゃないと来れない距離だ。親戚も近くにいない。
仲の良い友人の顔を数人思い浮かべたが、呼びたくなかった。彼らは既に将来を決め、最後の学生生活を謳歌している。まるで負け犬そのもの自分の姿を晒したくなかった。
――――新条先輩……。
先輩は社会人だ。忙しいに決まってる。それなのに、こんなことで呼び出していいんだろうか。点滴のお陰でだいぶ頭痛も収まってきた。でも、自力で帰れる自信がなかった。
「ハチ、大丈夫か?」
先輩は連絡して1時間も立たずに飛んできてくれた。
「どうした。目が潤んでるぞ。熱もあるのか?」
心配そうな表情で僕を覗き込んだ先輩。大きな手を僕の額に当てた。目が潤んでるのは熱のせいじゃない。
「熱はないです。すみません。忙しいのに」
「気にすんなよ。おまえ、顔色悪いな。倒れたんだから当たり前か」
先輩とは社会人になってからもフットサルのサークルでたまに会っていた。でもこのところ、僕の方が行けてなかった。就活で忙しかったからだ。でもそれは表向き。そこでも僕は自分を哀れんで行けなかった。
僕が同期の友人でなく、先輩を呼んだ理由がわかっただろうか。点滴が終わり、起き上がってシャツのボタンを留めながら逡巡した。もしそれでも来てくれたのなら。なんだかまた目に涙が滲む。
「車で来てるから。今日は俺んち来いよ。一人で置いとくのは心配だ」
「ええ、そんな。来てくれただけで有難いのに……これ以上の迷惑は。それに同じアパートに葛城がいるんで……」
「遠慮しなくていい。葛城なんか当てにならんだろ。どうせバイトかデートで人のことなんか構っちゃいない」
確かに。先輩、よくわかってるな。同級生の葛城はサークル仲間で、僕と同じ学生専門アパートに住んでいた。だけど先輩の言う通り、卒業旅行に向けてバイトに明け暮れている。
「先輩……優しすぎます……」
もう、涙は滲むだけでは足りなくなった。僕はベッドの上でめそめそと泣き出してしまった。
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