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翌朝、僕とジョシュアが玄関前の道を作るため雪を掃いていると、サマンサのご主人がやってきた。大げさにも歩行用のスキー板を履いている。雪は思ったほど積もらなかった。屋根は雪下ろしするほどでもなく、道に積もる分も普通の長靴で十分な積雪量だ。
「先生ぇ。おはようございます」
「おはようございます。朝からどうしましたか? そう言えば、サマンサさんは……」
僕が言いかけたのをかぶせるように、彼はこういった。
「いやあ、実は、うちのやつ慌て者で。足をくじいてしまったもので、昨日は来れなくてすみませんでした」
「足をくじいて? それは大変だ!」
「大したことはないんですよ。でも、今日も足が腫れて動けないって言うもんだから」
聞けば、サマンサはここに来る途中の坂道で転んだらしい。僕は慌てて診療所にある湿布薬をご主人に渡した。彼は背負ってきた食材をリュックごと僕に手渡す。
「しばらくこちらに来れそうになくて……」
「それは心配しなくて大丈夫ですから。お大事にしてください。明日にでも往診に伺います」
サマンサのご主人は頭を何度も下げて、またスキー板を滑らして帰っていった。
「サマンサ、しばらく来ないんだ」
「ああ、そうみたいだ。捻挫とは思うが、酷くなってないといいんだが……おい、何を笑ってる?」
「だって……邪魔者がいなくなった。これでもう、サマンサ来ないといいな。彼女の仕事は俺がやるから」
そう言って片目を瞑っている。
「何を馬鹿な。すぐに治るさ」
僕はそう言ってから、沈黙した。まさか……ジョシュア、おまえ……。
――――ここに来る途中、サマンサは足をくじいたという。どこで挫いたんだろう。昨日、ジョシュアは珍しく出かけていた。パンを買いに行ったというけれど。
僕の心に疑念が沸きおこる。ここにいたいがために? いや、まさか。僕はもうジョシュアをどこかにやるなんてできない。
僕らは愛と秘密を共有しているいわば諸刃の刃だ。離れることはできない。それは彼が一番よく知っているだろう。
「ジョシュ……」
彼の姿を求めて振り返る。だが、ジョシュアは掃き掃除に飽きたのか、どこにもいなかった。
足が冷たくなっている。雪が止んで太陽が雲間から覗いていてもまだ寒い。不安な気持ちを抱きながら、玄関に入ろうかと思ったその時、馬が雪を掻き分け走る音が聞こえてきた。
「なんだ? こんな日に」
遠くを見渡すと、一頭立ての馬車が見えた。しかも、ここらでは絶対お目にかかれない馬車だ。スコットランドヤード、ロンドン警視庁の馬車だった。
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