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彼も怪我を負っている。捜索はしてみたが、見つからない。恐らくその男も男娼と思われたが、怪我の治療をした痕跡もないし、裏通りの仕事に戻った様子もない。
「彼らは自由に仕事をしているわけではないのです。悪人どもに管理され、生かさず殺さずの扱いを受けている。あのあたりの男娼を取り仕切っているのは、マクミラン一味なんですが、ろくな連中じゃあない。
怪我なんかして仕事ができなくなると、末路は哀れ過ぎる。そうなる前に保護してやらんと。そう思っておったんですがね」
怪我が元で死んだか、既にその筋の連中に殺されたか。そう思って諦めていたと警部は言った。
「それが先日、思わぬところから情報が入ったんですよ」
キャンベル警部の後から話を続けたのはコール警部補だ。やや暗い表情で話す警部とは違い、軽い口調でこう言った。
「ウィンブルドンに向かう乗り合い馬車に怪我人らしい男を乗せたと。日時を調べたら、ちょうどそのリンチ事件があった日でした」
そこで小太りの警部が咳をする。恐らくそこからは自分が話したかったのだろう。しかし、僕にはもう、何を言い出すのか見当が付いていた。
「怪我をしていた彼はウィンブルドンで降りた。この街で医者は先生、貴方のところだけです。尋ねて来ませんでしたか? 風の強い日でした。腹に傷を負った若い男が」
僕はどんな顔をしているだろう。もしかしたら、青くなっているのではないだろうな。警部は鋭い目つきで僕の心を見透かすようにして見ている。
「そんな……人は来ていませんよ。本当に怪我人だったんですか? その人」
僕はようやくそう答えることが出来た。恐らく声は震えなかったと思う。
「馬車の中に血が付いていたと、御者が言ってましたから間違いないと思いますが」
「そうですか。でも、ここには来ていません。どこか、その人には当てがあったんじゃないですか?」
僕はあくまでしらを切りとおすつもりだった。彼らは保護すると言っているが、それを鵜呑みにすることはとてもできない。
「当てねえ……」
警部は腕組をしながらため息とともにそう吐いた。その時、玄関の扉が開く音がした。ジュリーが来たのだ。
――――しまった……ジュリーが来てしまった。
「先生、おはようございます。あらまあ立派な馬車が来てると思ったら!」
天井が抜けるかと思うような高い声が響いた。僕は観念した。これで全てが明らかになってしまう。こうなったら、どうやってジョシュアを守るかだ。僕は必死にそのことに頭を巡らした。
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