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「君の瞳は、故郷の空と同じ色をしているね」
僕は思い出した。帽子の下から覗く青い瞳。きらきらと輝いていた。その彼に僕は確かにそう言った。
「うん、イーサンはそう言った。思い出してくれたんだ」
ベッドの上でジョシュアが飛び跳ねた。僕はその様子を愛おしく眺める。そうか、どうして忘れていたのだろう。あの瞳に僕は故郷の空を見ていたのに。
「俺は物心ついた頃からずっと一人だった。ロンドンのごみ溜めみたいなところにずっといた。だから、イーサンの話す、ウィンブルドンに憧れたんだ。いつか、きっといつか行こうって。イーサンの診療所に行こうって」
その頃の僕は髪を伸ばしていなかった。耳のあたりまでの髪と眼鏡。ジョシュアの目にはどう映っていたのだろう。
「俺はその教会には一年くらいいた。またイーサンが来てくれるかもって、そう思って。仲間は一つところにいられない奴ばかりでね。一年も同じところにいたのは俺も初めてだった」
僕たちの奉仕活動は、一定のルーティンを以って移動する。当然僕らの大学の誰かは行っていただろうが、僕がその教会を再び訪れたのは二年後だったと記憶している。
「会えなかったね。そうか、もうその頃はいなかったんだ」
そうは言ったが、僕はその頃、ある女性に夢中になっていた。ロンドン大学近くにある看護師学校の生徒だ。
看護師とはやはり実習などで会う機会がある。というか、僕にとって店員以外の女性と会う機会はそれしかなかった。お互い多忙を極めるなかでも愛を育んでいたものだ。研修医時代に忙しすぎて別れたが……。
――――思えば、常識的に女性が好きだった。どうして僕はジョシュアを好きになったんだろう。それまで男に興味を持ったことなどなかったし……。
不思議な感情だ。彼は僕にとって、やはり特別なのだろう。僕はベッドに座る彼の横に腰を下ろした。藁を敷き詰めた固いマットが少しだけ軋んだ。
「イーサン……俺を見て」
「どうした? いつも、見ているよ?」
僕よりも少し背の低いジョシュアが顎を上向けて僕を見ている。窓から差し込む月光に青い瞳が映える。
「俺、本当に独りなんだ。親の顔も知らない。だから、生きていくために仕方なかった」
ジョシュアが何を言いたいのか、僕にはよくわかった。彼は孤児院にいたようだが、そこに全ての子供たちが馴染めるわけではない。子供も大人も弱者には残酷なものだ。
その全てを僕は知っているわけではないが、医師をやっている以上、漏れ聞くことはある。研修医の時はそういった場に遭遇することもままあった。酷い怪我をして運ばれてくる子供たちの存在や警察官が介入する事件など、都会の闇がそこにはあった。
「心配しなくていい。もう、君のことは全て許しているよ」
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