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ジョシュアの手が僕の手をぎゅっと握った。僕はそれを静かに握り返す。覚悟していたことだけれど、やはり心が痛い。彼の行為も嫌だけれど、通りに立つ前に助けられなかったことが僕の心を苦しめた。
「ただ、俺は要領が良くてさ。金だけ頂いて肝心なところでは逃げたり、言い寄ってくる他の男に襲わせたりしてた。美人局っての? それが上の連中にバレてボコられたこともあったけど、好きでもない男と寝るよりはマシだよ。もちろん、全部が全部そういうわけにはいかなかったけれどね」
そんなある日、ジョシュアとずっと一緒にいた赤毛の少年、ロンが、売春婦を扱ってる連中に捕まってリンチをされた。男娼が仕事場を荒らしているのが許せないと言って、その頃何人もの男娼がやられていたそうだ。
「俺は助けに行った。腕っぷしには自信がなかったけど、捨て置けなくて。俺達の預かり知らないところで、商売敵だって言われてさ。娼婦のお姉さんたちとは仲悪くなかったんだ。ちゃんと商売の場所も分けてたし。八つ当たりもいいところだよ」
世間でレオ・ブラウンなる男色家がお縄に着いたことなど、ジョシュアは知る由もなかっただろう。裏道をまた一つ入ったところで、赤毛の少年は袋叩きにあっていた。
「連中のなかにナイフを持っている奴がいた。殺されてしまうのかと思って俺は足が竦んだ。あいつ、ロンが血を流して倒れていた」
それでもジョシュアはなんとか彼を救おうと奮戦した。そこに運よくパトロール中の警官たちがやってきた。
「守ってやれたんだ。ジョシュアはよくやったよ」
「違うんだ。違うんだよ、イーサン」
ジョシュアは大きな瞳に涙をいっぱい貯めて僕を見上げた。こんなに感情的なジョシュアを僕は初めて見た。
「警官たちがロンを担いでスコットランドヤードの馬車に乗せるのが見えた。俺は、俺はもうロンは死んだと思ったんだ。あいつを助けられなかったって。でもね、俺は残念に思わなかった。やっと、やっと解放されたと思ったんだ」
「ジョシュア……」
「やっと、イーサンのところへ行けると思った。お荷物のあいつがいなくなって、今なら行けるって。警官や逮捕された連中、物珍しそうに集まる野次馬たち。そいつらでごった返すなか、俺はロンドンの表通りを走った。
腹が痛かったけど、そんなのなんでもなかったよ。ウィンブルドンに行くんだ。そう思えば、何も怖くなかった」
乗合馬車のターミナルではウィンブルドン行きの馬車がジョシュアをまるで待つようにそこにいた。なけなしの金を持って、ジョシュアは馬車に乗る。気が遠くなるのを必死で耐えて、ウィンブルドンの青い空を目指した。
「イーサンの診療所の場所は、馬車で乗り合った人に聞いたんだ。駅についてから、ここまで歩くのに、時間がかかって……あんなに遅くなってしまった。
でも、遠目から見える診療所の灯りが、俺の命の灯のようで。きっと、あそこにたどり着けば俺は幸せになれる。そう思えたんだ」
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