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第六章
僕の懸念をよそに、日々は順調に過ぎていった。スコットランドヤードの警部たちを乗せた馬車も蒸気自動車もこの街に来ることはなく、ジョシュアもだんだんウィンブルドンに馴染んできた。
クリスマスの休暇を明日に控え、僕はジョシュアとツリーを飾っている。彼には新しいセーターと本をプレゼントするつもりだ。
ジョシュアは教会にいたころに文字を習っていた。だが、本を読むことは今までなかったので、ここに来てから、僕の古い本を貪るように読んでいた。
「仕事? 俺はここでイーサンのために家事をするよ。それ以外に何をするの?」
サマンサのところから帰って、僕はジョシュアに言ってみた。だが、けんもほろろに彼はそう言うと、ぷいっと台所に入ってしまった。
いきなり過ぎたかと思った僕は、彼に本を与えたのだ。そこから彼はウチの本棚で、彼が読めそうな本の全てを読んでしまった。だから、クリスマスプレゼントに本を選ぶのは至極当然のことだった。
「物語の本も面白いけれど、物事の仕組みが書いてあるのを読むのが好きだ。俺が住んでた世界はいったどこの宇宙だったんだろうな。太陽系の端っこかな」
天文やら経済の知識がごちゃ混ぜになっている。でも、乾いたスポンジが水を吸い込むように彼は情報や知恵、知識を自分の中へ取り込んでいった。今ならあの時の質問に違う答えが返ってきそうだ。
「クリスマスには姉がくるから、ちゃんと挨拶するんだぞ」
「イーサンのお姉さん。写真の人だよね。イーサンに似て美人だな」
ロンドンの写真館で撮った家族写真を眺め、ジョシュアは言う。彼には縁のない世界だったろう。年が明けたら出かけて行って、二人で撮ろうかなどと僕は思う。
街一番のお金持ちであるマリアからはクリスマスの招待状が届いていた。姉が来たら、みんなんで顔だけ出すつもりだ。
――――姉はジョシュアを見てなんて言うだろう。手紙で伝えてはいるけれど。
もちろん元男娼などとは書いていない。身寄りのない子を引き取ったと、それだけだ。姉はちゃんと素性を調べろと言っていたが。その後は何も連絡していなかった。
サマンサはあれからここに手伝いに来なくなった。足はもう普段通りに戻っているのだが、彼女の仕事がなくなった。
家事は二人で分担するようにしたし、買い物も僕は時間が許す限りジョシュアを連れて市場に出かけた。それ以外にも、レストランに出かけたりもした。街の住人達に、ジョシュアのことを知ってもらうためだ。
彼は持ち前の人たらしを発揮し、瞬く間に街の人々に認知されていった。今ではずっとこの街の住人で、怪我をして突然転がりこんできたことなど忘れてしまうほどだった。
――――これなら彼を養子に迎えることも可能だろう。
僕はそう考えていた。その構想について、僕はまだジョシュアに話してはいない。彼の反応が読めなかったからだ。養子なんて絶対いやだと拒否するか。それとも戸惑うか。はたまた喜ぶのか。
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