第六章

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 翌日のクリスマスイブ。滞りなく午前診療が終わり、仕事納めとなった。 「それじゃあ、先生、メリークリスマス。マリアお嬢さんのところでお会いできますかね?」  ジュリー看護師がコートを着ながらそう言った。 「そうだね。キャサリン一家も連れて行くつもりだから」 「ああ、久しぶりにお会いできます」  キャサリンとは姉のことだ。ジュリーは当然キャサリンのことも良く知っている。姉の方が歳が近いので、したい話もあるのだろう。そこへ、ジョシュアがやってきた。相変わらず僕のお下がりセーターを着ている。 「ジュリー、またね」 「はい。ジョシュア、お利口にしててくださいね。先生を困らさないように」 「それは逆だよ。俺が困らされてる」 「何言ってるか、ジョシュアは」  スコットランドヤードの一件以来、ジュリーとジョシュアは随分仲良しになっている。ジョシュアは自分を守ってくれる人には誠実でいようとする。それもまた、彼の処世術かもしれないが。  グリフィス家のクリスマスはシンプルだ。まずイブには教会に行ってお祈りをする。クリスマスツリーの下にプレゼントを置いて朝を待つ。  本番はクリスマス当日。午後からはクリスマスのご馳走を家族で食べる。それだけだ。ただ、今夜は姉たちが来るし、明日の夜はマリアの屋敷に行かなければならない。そして今年に限って言えば、ジョシュアがいる。 「ジョシュアはいつもクリスマス、どうしていたんだ?」  姉たちのためのディナーを仕込みながら、僕はジョシュアに尋ねた。 「特に何も。教会にいた時は少しだけ贅沢なご飯を食べられたかな。クッキーをもらったりした。あと、ダウンタウンにいた時は、お客がチップをはずんでくれたよ」 「そうか……」  何を浮かれていたのか。僕は激しく後悔した。彼に楽しいクリスマスの記憶があるはずもない。 「これから毎年、ジョシュアは僕とクリスマスを過ごすんだ。プレゼントの交換をして、カードを送って、美味しいディナーを食べる」  僕はそう独り言のように言った。ジョシュアはそれをじっと耳を澄まして聞いている。 「夢みたいだ。夢なら醒めて欲しくない」  パイ生地を型に入れながら、ジョシュアがそう呟いた。 「夢なものか」  僕は粉だらけの手で彼を抱きしめた。
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