166人が本棚に入れています
本棚に追加
翌日のクリスマスイブ。滞りなく午前診療が終わり、仕事納めとなった。
「それじゃあ、先生、メリークリスマス。マリアお嬢さんのところでお会いできますかね?」
ジュリー看護師がコートを着ながらそう言った。
「そうだね。キャサリン一家も連れて行くつもりだから」
「ああ、久しぶりにお会いできます」
キャサリンとは姉のことだ。ジュリーは当然キャサリンのことも良く知っている。姉の方が歳が近いので、したい話もあるのだろう。そこへ、ジョシュアがやってきた。相変わらず僕のお下がりセーターを着ている。
「ジュリー、またね」
「はい。ジョシュア、お利口にしててくださいね。先生を困らさないように」
「それは逆だよ。俺が困らされてる」
「何言ってるか、ジョシュアは」
スコットランドヤードの一件以来、ジュリーとジョシュアは随分仲良しになっている。ジョシュアは自分を守ってくれる人には誠実でいようとする。それもまた、彼の処世術かもしれないが。
グリフィス家のクリスマスはシンプルだ。まずイブには教会に行ってお祈りをする。クリスマスツリーの下にプレゼントを置いて朝を待つ。
本番はクリスマス当日。午後からはクリスマスのご馳走を家族で食べる。それだけだ。ただ、今夜は姉たちが来るし、明日の夜はマリアの屋敷に行かなければならない。そして今年に限って言えば、ジョシュアがいる。
「ジョシュアはいつもクリスマス、どうしていたんだ?」
姉たちのためのディナーを仕込みながら、僕はジョシュアに尋ねた。
「特に何も。教会にいた時は少しだけ贅沢なご飯を食べられたかな。クッキーをもらったりした。あと、ダウンタウンにいた時は、お客がチップをはずんでくれたよ」
「そうか……」
何を浮かれていたのか。僕は激しく後悔した。彼に楽しいクリスマスの記憶があるはずもない。
「これから毎年、ジョシュアは僕とクリスマスを過ごすんだ。プレゼントの交換をして、カードを送って、美味しいディナーを食べる」
僕はそう独り言のように言った。ジョシュアはそれをじっと耳を澄まして聞いている。
「夢みたいだ。夢なら醒めて欲しくない」
パイ生地を型に入れながら、ジョシュアがそう呟いた。
「夢なものか」
僕は粉だらけの手で彼を抱きしめた。
最初のコメントを投稿しよう!