第六章

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 夕方、教会のミサから帰ると、姉一家の馬車が診療所の前に止まっていた。今着いたばかりのようだ。 「キャサリン!」 「イーサン、久しぶりね」  馬車から降りてきたキャサリンは相変わらず快活そうな笑顔を僕に向けた。深緑色の外套を着て、同色の帽子を被っている。  口髭を生やした銀行家のご主人ロバートと、五歳の息子フランクと共に一年ぶりに帰ってきた。 「彼がジョシュアだよ」 「初めましてジョシュアです」  ジョシュアはよそいきの笑顔を姉に向ける。白い息を吐いて、ぺこりとお辞儀をした。 「あら、ハンサムさんね」  キャサリンはそう言うと、こちらも口角上げて笑みを作り、手を差し出した。ジョシュアはその手をさっと取り、優雅にキスをする。彼のそんな仕草を初めて見た僕は、驚きの声を上げた。 「ジョシュア、そんなのどこで覚えたんだ?」 「やだなあ、イーサン。常識じゃないか」  一同笑いに包まれ、一挙に距離が縮まった。  夜の食卓は話好きの姉の独断場となった。都会風に長い茶色の髪を結いあげ、ここらでは見かけないシックなドレスを着ている。これもロンドンの流行りなんだろうか。  綺麗な発音で早口にまくし立てる姉の相手は、一日早く僕があげた新しいセーターを纏うジョシュアだ。根気よく努めてくれた。ご主人と僕はただ頷くだけだ。 「ジョシュア、何かして遊ぼうよ」  甥のフランクが、一番自分と歳が近いと狙いをつけたか、お腹が膨れるや否やそうねだった。 「フランク、ジョシュアは貴方のお守りじゃないですよ」  姉がそう諭したが、ジョシュアはすぐに席を立つ。 「構わないよ。俺、子守りは得意だし、フランク、こっちにおいで。トランプしよう」  ウサギのように跳ねて喜ぶフランクの手を引いて暖炉で温まる居間へと移った。 「思ったよりいい子ね」  食堂から続きの居間で、楽しそうに遊ぶ二人を見てキャサリンが言った。 「ああ、頭も良くてね。この家のほとんどの本を読んでしまったよ」 「凄いわね。まあ、その話はまた改めてしましょう」  改めて。姉はそう言った。つまりは彼を養子にしようという話だ。やはり、そう簡単にはいかないのだろうか。僕はスープをスプーンで掬いながら上目遣いで姉を見た。 「それよりも、貴方はどうなの? マリアにはもうプロポーズしたの?」  僕がスープを吹き出しそうになったのは言うまでもない。  どうしてみんな、僕がマリアと結婚すると思うのだろう。確かに彼女のことは小さい時から知っていた。それは彼女の兄が僕と同年代だからだ。  小さい頃、お屋敷の息子とも僕は遊ぶことができた。少なくとも屋敷の使用人などではなく、お抱え医師の息子だったからだ。因みに今でも彼女の家族の主治医である。力不足は否めないが。  ――――それでも、平民の医師である僕と大地主で貴族院の一員でもあるホワイト家の彼女と家柄は違い過ぎる。それなのに……。  断固として否定すると面倒な話になる。そう経験からわかっていたので、僕は曖昧にはぐらかすことにした。画して姉はまた、自分の話に花を咲かせることにしたようだ。僕と姉の旦那さん、ロバート・ランパード氏は適当に相槌を打った。  どれくらい時間が経っただろう。最後のデザートを出そうとしたときだ。ジョシュアと一緒にいたフランクが大声で泣き叫びだした。 「どうしたんだ!? ジョシュア、君、何かしたのか?」
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