第九章

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 僕はその日、いつもより早く起きて朝食のスコーンを焼いていた。ジョシュアはいつものように朝は苦手だ。ホワイト氏の屋敷に行くのは昼前なので、それでも十分に間に合うのだが。  新聞配達の少年が庭に新聞を投げる音が聞こえたが、特段気にすることもなく朝の支度をしていた。  記者たちが押し掛けた翌日もその翌々日もジョシュアのことは大した記事になっていなかった。写真も小さなもので、詩の賞を田舎町の少年が獲ったという、数行のものだ。  大騒ぎした自分が可笑しく思えたものだ。だが、安堵したほうが大きかった。 「どうしたんだ。ジュリー」 「先生、見てください。この記事を」  新聞を手にジュリーは青い顔をしている。まだジョシュアのことが書かれているのかと、僕は不安に襲われながら新聞を受け取った。  僕が読んでいるのはロンドンの大衆紙だ。恐らくロンドン周辺では、最も購読者を持っているだろう。この街でも半分くらいの住民が取っているはずだ。  政情、スポーツ、ゴシップ、偏りの少ない娯楽紙といって間違いない。  その記事は、ゴシップが良く載っている、だが多分一番読者がいる、四枚目の端にあった。 「これは……」  そこには立ち上がった僕の手を握るジョシュアの写真が掲載されており、見出しには恐ろしい文面が踊っていた。  ――――新人詩人はソドムの住人か?  ソドム。それは聖書において、背信の罪で焼かれた国の名前だが、『背信の罪』から、同性愛者のことを指していた。 「こんな、一瞬の場面を切り取るなんて!」 「先生、どうされますか? 名誉棄損で訴えますか?」  ――――名誉棄損……いや、それは駄目だ。  僕は腸が煮えくり返るほどの怒りを覚えたが、これには何の根拠もないことを思いだし、大きく深呼吸をした。 「いや、こんなゴシップ記事。大げさにすることもないでしょう。放っておけばいい。出版社の人も宣伝代わりに使ってるんだ。話題が多い方が売れるから。全く、なんて奴らだ!」  僕は新聞を診察室の机にたたきつけた。何故僕らを放っておいてくれないんだ。やはり、投稿なんてしなければ良かった。僕の責任だ。  僕が頭を抱えていると、扉が開く音がした。恐らく家と診療所を繋ぐ扉だろう。ジョシュアが僕たちの声を聞きつけてやってきた。 「どうしたの。朝から大声出して」 「ジョシュア、大変なのよ」  ジュリーが彼に駆け寄っていく。ジョシュアはジュリーの肩越しに僕の顔を覗き見た。 「大丈夫だよ、ジョシュア。気にすることはない。こんな記事、ただの中傷に過ぎない」  記事には、ジョシュアの詩は素晴らしいが、後見人である若者への愛を書いたものではないかとしていた。  憶測に過ぎないこんな記事をよくもまあ。ジョシュアはジュリーに渡された新聞に目をやった。 「写真、俺ってわかんないね。大きくもないし、ぼやけてるや」  元々ペンネームを使っているので、彼のことはJ.G.だし、僕の名前は当然のことながら出ていない。そうだ。落ち着いて考えてみれば、恐れることはない。 「そうだな。確かに大声で喚くことでもないな」 「じゃあ、俺行ってくるよ」  いつもより少しだけ元気のないジョシュアだったが、僕に手を振って出ていった。その日の診察もいつも通り。新聞の記事に何かを言う患者もいなかった。  だが、翌日になって事態は急変した。
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