第九章

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「解雇された? なぜ!?」  それでもジョシュアは飄々とし、僕に辛そうな顔を見せなかった。 「さあ。何でだろう。わかんないや。昨日作ったプリンが不味かったのかもね」  そう嘯いて自分の部屋の方へと踵を向かわせる。 「ジョシュア、ちょっと待て……」  僕の伸ばした手をすり抜けるように、彼は扉の中へ吸い込まれていく。僕の右手は、ただ空を彷徨うだけだった。  今日は確かにおかしかった。ジュリーの様子も変だったし、患者たちも僕の見る目がどこか他人行儀に感じた。いつものようにテニス大会の話に興じていても、話題はすぐに立ち消えていった。  僕が食堂でため息をついていると、マリアがやってきた。しかもいつもの馬車ではなく、お手伝いとともに歩いてやってきた。 「どうしたんだい? マリア。いや、君に聞きたいことがあるんだ。どうしてジョシュアは解雇されたんだ?」 「それが……そのことで急いで来たのよ」  マリアの服装はいつもより簡素なものだった。普段着とでもいうのか、それともこれが今の流行りなのか。  スカートの膨らみが抑えられ、腰のコルセットも締め付けていないように思う。ただ、縦に長い印象はスタイルが良く見えた。 「ジョシュアが解雇された理由はあの新聞記事よ」  そうかもしれないと危惧していたことは現実だった。ジョシュアは男色の記事のために解雇されたのだ。 「だって、あんなの根も葉もない記事じゃないか!」 「わかっているわ。でもね、イーサン。元々その噂はこの街にあったのよ? それは知ってたでしょ?」  いつの間にか立ち消えたと思っていた僕とジョシュアの噂。また再燃したということか。 「私もお父様に申し上げたわ。そんなの噂以下だって。出鱈目だって。でも……」 「でも?」 『じゃあ、何故、イーサン先生はマリアにプロポーズしないのだい?』  そう、ホワイト氏は言ったらしい。既に隣町の貴族議員と婚約することになっているのに、今更そんなことを持ち出すのか。  いや、もしかしたら、ホワイト氏は僕のことを憎々しく思っていたのかもしれない。自慢の娘を何年も放置したと……。 「私も何も言えなくなってしまって。それにこのままもしジョシュアが厨房にいても、いじめられるんじゃないかと思ったの」  マリアの言う通りだ。ジョシュアが何も言わなかったのは、既にもう苛めが始まっていたのかもしれない。 「それに一番恐れていたことが……」 「何? もう何言われても大丈夫だ。正直に話してくれないか」  マリアは頷き、一呼吸おいてから話し始めた。 「隠していても仕方ないから言うけど、教会が、あなた達のことを疑い始めたの。ついさっき、ピアース司祭が父を訪ねてきて。あなたのことを相談してた……」  教会まで僕たちを追い詰めるのか。確かにこのロンドンやその周辺の市町村に配られる大衆紙に、小さな町の住人がスキャンダルですっぱ抜かれたんだ。動揺するのも当然か。  大体が僕らを糾弾する急先鋒は同性愛を認めない教会にある。彼らが僕たちを助けてくれないのは当然のことだった。 「これは憶測だけど……」 「うん」 「どこから来たのか誰も知らないジョシュアがいつの間にかここに馴染んで、あなたの保護を受け、しかも詩人として有名になった。妬みもあるんじゃないかと……思うの」  ジョシュアがどれほど苦しい人生を送ってきたかも知らないで。人とはやはり残酷な生き物だ。  いや、恐らく彼らはジョシュアが卑しい種族だと哀れみたいのだ。それが一端の仕事を得たばかりでなく、注目される存在になり、面白くなかったのだろう。 「ありがとう。よくわかったよ」 「どうするの? イーサン。もし弁護士が必要なら……」 「いや、大丈夫だよ。弁護士なら僕にも心当たりがいるし。それに恐らく、何かを争うことはしないと思う」  僕の気持ちは一つのことに向いていた。そうするしかないのではと、僕はそう思い始めていた。
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