第九章

7/12

161人が本棚に入れています
本棚に追加
/69ページ
「ジョシュア、入るよ」  マリアが帰った後、僕はジョシュアの部屋に入った。返事はなかった。彼はベッドの上で泣いていた。  僕は彼のすぐ脇に座り、金色の巻き毛を撫ぜた。 「どうして……」  枕にうつ伏せたままの、くぐもったジョシュアの声が聞こえた。 「うん? どうした?」 「どうしてみんな、俺らのことを放っておいてくれないのかな」  鼻をすすりながらジョシュアが言った。 「そうだな。なんでだろうな。僕もわからないよ」 「俺は……俺はイーサンと一緒にいたいだけだ」  起き上がったジョシュアは僕の背中に自分の頭を乗せ、両腕を抱えるように回した。僕はその手に指を絡める。 「俺はイーサンが好きなんだ。それだけなのに。どうしてこんなに苦しいの? 俺には、イーサンしかいないのに!」  僕の肩に縋って泣く君……繋ぐ手指は細く長く、僕は手に力を入れる。どれほどに君が愛おしいかわかるかい?  「僕にもジョシュアしかいないよ」 「イーサン……」 「ジョシュア、僕と一緒にフランスに行こう」  『えっ』と、小さな声を出して、ジョシュアが顔を上げ腕を離した。僕はジョシュアの方に体を向け、彼の小さな顔を両手で包み込む。 「僕と、来るね?」  彼は青く宝石のような瞳に涙をいっぱい貯め、何度も頷いた。 「もちろん。イーサンとならどこにでも行くよ」  ジョシュアは僕の腕の中に飛び込んできた。僕はそれをしっかりと受け止め、腕が痺れるほど抱きしめた。  僕たちは急がなければならなかった。それは、僕らがフランス行きを決めた翌日、突然現れたキャンベル警部が告げたことに端を発した。  警部はスコットランドヤードの馬車ではなく、汽車で、それも一人でやってきた。服装もラフな、まるでテニスの観覧にでも来たように見えた。 「急いで伝えなければならないことがあって」 「どうしたんですか?」  警部は汗を拭き拭き、例によって待合室に座った。 「マクミラン一味のことは覚えていますよね」 「はい。ジョシュアがつかまっていた組織ですよね。ロン君も……」 「彼らが、あの、新聞を見て」 「え? まさか」  ああいう連中が新聞を読むのかどうかは別にして、それでジョシュアのことを知ったとしても、今更また、ジョシュアを捕まえにくるのだろうか? 「連中はジョシュア君が有名になれば、脅せると判断しているのでしょう。だから、彼の行方を捜しているようなのです。それで先日、ロン君が見つかって」 「ロンが? ロンがどうしたの?」  いつからいたのか、ジョシュアが飛び出してきた。ロンの名前が出て、隠れていることが出来なくなったのだろう。 「ああ、ジョシュア君。先生、構いませんか?」 「僕がいるから大丈夫です。続けてください。ジョシュア、ここに座って」  ジョシュアは僕の隣に大人しく座った。 「ロン君はマクミラン一味に捕まったということですか?」 「ああ、いえ、そうではないのです。彼は自らそこにいました」 「どういうことですか?」  ジョシュアは何故か何も言わなかった。隣で少し項垂れるように目を伏せて、警部の話を聞いていた。
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

161人が本棚に入れています
本棚に追加