第九章

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 ロンドン駅はいつも通り人、人、人で溢れかえっている。僕が学生だった頃よりもその数は明らかに増えている。  人の流れは今や試合が始まっているだろうウィンブルドン行きの駅に向かい、僕らはそれをかき分けるように目的の場所に進んだ。 「ここで間違いないかい?」 「ああ、じゃあ、俺行ってくるから」 「気をつけて、僕も警部殿達も近くにいるから」 「わかってるよ」  ジョシュアはそう言うと、帽子を目深にかぶり、待ち合わせである時計台の下にいった。直に奴らが来るはずだ。罠とも知らずに。 「ジョシュア、久しぶりだな。ちゃっかり生きてるとは、さすがにしぶといな」 「なんだよ。ずいぶん縮んだじゃないか」 「馬鹿やろ! おまえがでかくなったんだよ。で、持ってきたのか?」  ジョシュアがそんなことを話しているとは全く知らず、僕は彼が人相の悪い男に囲まれるのをビクビクしながら見ていた。  合図はまだない。それがあって初めて警部たちが踏み込むことになっている。  後で聞いた話だが、ジョシュアによるとこんな会話がなされたらしい。 「焦んなよ。全く元男娼の俺にこんな仕打ちするとはひでえな。たんまり儲けさせてやっただろう」 「おまえに限っては違うな。売れっ子のくせにお高く留まりやがるから」 「なあ、もうロンには構うなよ。あいつは俺と違ってしっかり稼いだはずだ」 「ロン? こっちはあいつに用はないよ。ま、今回はおまえの情報くれたから役に立ったけどな。さあ、もう無駄話は終わりだ」  男は手のひらを見せて、催促する。 「わかったよ。で? これからどうするんだよ」 「無論、毛一本残らないぐらいむしり取ってやるよ。気の毒な先生だな、恋人のおまえに裏切られて。大方飽きたんだろうけど。  取るだけ取ったらおまえもこっちに戻ってくればいい。詩人大先生、いい文句が浮かばなければ、昔の稼業に戻るってのもありだ」  ジョシュアが奴らに何かを渡した。恐らくこちらで用意したあるものだ。僕はすぐそこで様子を窺っている警部に目で合図をした。 「相変わらずの鬼畜だな。まあ、これでおまえもおしまいだよ。マクミラン」 「なんだと!?」  ジョシュアは被っていた帽子をくるりと回した。合図だ。一斉に隠れていたスコットランドヤードの刑事たちが彼らを囲む。 「ジョシュア!」  僕も一緒に駆け出す。マクミラン一味の連中が拳銃らしきものを手に取ろうとしている。 「早く! こっちだ!」  僕は精一杯手を伸ばす。ジョシュアの手が僕の手に触れる。僕はしっかりとその手を握った。
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