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「こんのクソガキ! 待ちやがれ!」
「そこまでだ! 手を挙げてもらおうか」
スコットランドヤードがその威信をかけて奴らと対峙している。
僕たちはそんなことにはお構いなしだ。いくつもの路線が集まるロンドン駅、ホームをひた走り、ドーバーに向かう列車に飛び乗った。
「はあ、よし、これでもう大丈夫だ」
「面白かった。ボスに一泡吹かせてやった」
上機嫌で座席に座る僕らの前に、大きな荷物を持った男があたふたとやってきた。
「グリフィス先生、お待ちしていました。荷物はこれで大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう。助かりました」
「それで、本当に原稿は送ってくれるんですよね。J.G.の」
「もちろん。契約は守りますよ」
「良かった……今後ともよろしくお願いします。それでは、私はもう下ります。いいご旅行を」
男はジョシュアが契約した文芸雑誌の社員だ。いくつかの条件を飲ませ契約をした。
そのなかの一つとして、今日、僕らの荷物を運搬するのに一役買ってもらった。彼は仕事を終えた満面の笑みで汽車から降りて行った。
キャンベル警部と僕が立てた計画はこうだ。まず、僕を脅したがっているマクミランと連絡を取る。
下っ端じゃ仕方がない。ボスのマクミランをおびき出すことが必須だ。それに必要だったのはジョシュアだ。
「いいかい。ジョシュア、僕のネタを売るから自分と取引しようと持ち掛けるんだ」
「ええ? 俺がイーサンを売るの?」
「ほんとに売るんじゃないよ。フリだからな」
「それは、わかってるよ。で、どうすんの?」
ジョシュアは以前、奴らの下で働いていた時の連絡方法を知っていた。それがまだ使われていると信じ、こう持ち掛ける。
『イーサン・グリフィス医師が、同性愛者である証拠を渡すから取引しよう。但し、証拠はボスにしか渡さない』
「乗るかな?」
「乗るさ。今のままでは僕を脅したところで何も出ない。そこにこうも書くんだ。医師は逃亡を企ててる。自分は放浪するのは嫌だ。と」
「逃亡ですか?」
それは警部が食いついてきた。予定通りの反応だ。
「方便ですよ。でも、僕らが逃げてしまうと彼らも具合が悪い。早いとこ取引がしたいと考えると思うんです」
「そうですね。まあ、私らは奴らをお縄にできればいいので、過激に行きますか」
計画は決まった。ジョシュアの餌に、マクミランは食いついた。一応僕がこのウィンブルドンの名士で土地と金を持っていることが功を奏したようだ。姉さん、ごめん。
「証拠ってなに?」
「写真だな」
「え? イーサンって写真機持ってたっけ」
当然の疑問だ。僕はあまり新しもの好きでもないので、写真機など持っていない。でも、今や金持ちのステータスとして、写真機を個人持ちしていることは珍しくなかった。
「信憑性を持たせるために、何枚か撮ってもらおう。街の写真館で借りれば……」
「いや、それには及びません。私の方で準備しますよ」
キャンベル警部の計らいで、見せ金ならぬ見せ写真を適当に撮ってもらった。全て顔は写らないようにした、人を小馬鹿にしたような写真だ。
「これ見たら、ボス怒るだろうなあ」
「怖いか?」
「まさか、ざまあみろだよ」
ジョシュアは多くを語らなかったが、あの組織のなかのボスであるマクミラン氏と面識以上のものがあったようだ。
彼が僕にも見せなかった顔が少しだけ覗いた。そのことが今回の計画を成功に導いたようにも思う。だが、ジョシュアが隠したかったことだ。僕は聞かずにおくことにした。
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