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エピローグ
緩やかに流れていく大河のほとり。夜になると整備された川辺の路には街灯がともり、まるで一本の大きな道が海へと連なっていくように見える。
夏でも穏やかな気候のこの街、僕らは二人肩を並べて散策していた。
「船が見えるね。外国船かな」
「そうだな。ポルトガル船籍かもしれないな」
あれから既に一年が経とうとしている。僕らはパリ近郊の小さな街を経て、今はフランス西部のロワール河畔の都市、ナントに住んでいた。
「イーサン、やっぱり俺は髪が長い方がいいな。もう一度伸ばしてよ」
僕はフランスに来てすぐ、髪を切った。今は顎のラインあたりに切りそろえているが、ジョシュアはお気に召さないようだ。
短くした理由は特にない。新しい国で出発するのに景気づけといったところだ。
「そうか? まあ、構わないけど」
ジョシュアは今、詩人として活躍している。ほとんどが愛の詩だから少し照れくさいけど、彼の気持ちが伝わってきていつも胸が熱くなる。
英国の例の出版社とは、専属契約を結ぶ代わりに色々と注文を付けた。彼らはジョシュア欲しさにこちらの都合のいいように契約してくれたよ。
編集者は美しいジョシュアのポートレートを撮りたがったが、そこは譲れない。
ただ、正体不明の詩人ということが色々な憶測を呼び、返って人々の好奇心を掻き立てた。先月発売された詩集は増版に次ぐ増版らしい。
僕はナントに診療所を開設した。ウィンブルドンの診療所が姉によって売却ができ、その資金を充てた。
逃避行と同日に姉に手紙を出したものだから、怒り心頭だったろう。しかももう、グリフィス家は後継ぎを得る可能性がなくなったわけだから、姉の心を溶かすには時間がかかった。
それでも僕が生きていけるよう、診療所を売ってくれたのは有難かった。
「ここは空がきれいだね。星があんなに瞬いてる」
「そりゃあロンドンのような黒い霧はないからね。空気も美味しいし、言うことないよ」
僕は気持ちがよくなって、思い切り背伸びした。その腕にジョシュアがぶら下がる。
「重いな!」
「もう家だよ。そこまでぶら下がっていく」
「無理言うなよ」
僕たちは我先に玄関に向かって走る。一階が診療所と台所や居間、二階が寝室になっている。僕ら二人だけの城だ。英国にいた時よりは狭いけれど、二人なら十分。
「キスして、イーサン」
玄関のドアを閉めたとたん、ジョシュアがせがむ。僕は彼の光を集めたサファイアのような瞳を見つめる。長い睫毛が彼の形の良い目を縁取り、僕を誘う。
「好きだよ、ジョシュア」
桃のような柔らかい唇を僕はそっと塞ぐ。ジョシュアの腕が僕の背中で交差したら、そのまま彼を抱きかかえ、居間へと連れて行った。
「イーサン……」
僕はジョシュアの声を聞く。君の声が僕を幸せにする。幾つもの春を、夏を、秋を、冬を越えて行こう。君と共に。二人で勝ち得た愛と共に。
完結
最後までお読みいただきありがとうございました。
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