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ー梓良川 美麗ー
仕事は嫌いではない。梓良川はそう思いながらパソコンと向かい合っていた。
年末調整の時期で、膨大な基礎控除申告書がデスク脇に積み上げられている。目が乾燥してきたので、一度ゆっくり瞼を下ろした。
大企業だからこそ収入は安定しているし、福利厚生にも満足している。
目を開けた。パソコンの画面に自分が映っている。25歳の自分。肌には艶があり、謙遜を含めてもパーツは整っている。美しい、綺麗、と分類されて生きてきた。
けれど、梓良川は自分のことを好きになれなかった。
「美麗ちゃん、これ、よろしくー」
営業の古宮が年末調整の書類を持ってきた。部署ごとにまとめて提出をお願いしているのに、という言葉を呑み込み、梓良川は書類を受け取る。
「美麗ちゃん、今週の金曜日暇? メシ行かない?」
行かない、と即答しそうになるのを堪えて笑顔を浮かべる。
「ごめんなさい、金曜日は先約があって」
本当は何もない。観たいと思っていた映画をAmazon Primeで観ながらジンジャーエールで割ったハイボールを飲んでおつまみに成城石井で買っておいたチーズの盛り合わせを食べてゆっくり過ごしたいだけだ。
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