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プロローグ
煌びやかな室内に二人の男が対峙していた。
真紅で彩られた絨毯は光沢を放ち、男の座る椅子にもいくつかの宝石が散りばめられていた。
一人は、大理石の床に片膝をつき、恭しく主である男に向かい、頭を垂らしている。男の髪はつややかな黒色をしていた。
「レナード・テオフィルス」
「はっ」
椅子に腰かけた男は、灰色の瞳を細めながら、眼前の男レナード・テオフィルスに向かい声をかけた。男の声は、さびを帯びた太い声をしていて、支配者を思わせる声色だった。
名前を呼ばれた男は、頭を垂れたまま口を開き、従順な狗のように次の言葉をただ待っている。レナードの主バロンディ・ウィルバーは、そんな従順な男の様子に不敵な笑みを浮かべたまま言葉を続けた。
「お前には、シド国との戦争に先陣を切って戦って貰いたい」
「私、がですか?」
主である男、バロンディの言葉に僅かに頭を上げ、その赤い瞳を揺らしてみせる。その真紅の瞳には動揺と困惑の色がありありと見えた。
戦争の先陣を切ることは、腕の高い者や強い信頼性のある者に任されることが多い。それを貴族出身でもない平民出身の自分に任せることの意図が掴めないのだ。
「なんだ、不満か?」
「いえ、不満など・・・しかし、本当に私で? 私は一介の騎士。騎士団の長、ラムゼイ様などは」
自分の所属しているダリウス国騎士団の長、ラムゼイ・セロンの姿を脳裏に描きながらレナードは口を開いた。木々の緑を思い起こさせるような緑色の瞳に、少し紫がかった青色の髪をしている。
彼の腕は確かで、英雄と名高い騎士だ。
「気にするな。そのラムゼイからの提案だ」
「はっ。このレナード・テオフィルス。主、騎士団長の期待に添えるよう勤めさせて頂きたく存じます」
レナードは、今一度主人に対し忠誠を誓うように深々と頭を垂れた。
「話しはそれだけだ。下がれ」
「はっ」
横に置いた剣を腰に差し、レナードはその部屋を後にした。
彼がいなくなったあとの話しなど、知る由もない。
バロンディと、レナードの上司であるラムゼイ・セロン。そして彼の仲間であろう男たちが、扉の向こうに消えていった哀れな男を見下し、蔑むように見ていた。
その後、一人の騎士は国や仲間の騎士団から裏切り者だと罵られ、なおかつ国から追放されることになるとは、この時彼の知るところではなかった。
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