首輪のない野良犬 1

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首輪のない野良犬 1

 ガラガラと車輪が軽快な音に倣い、馬の蹄と鳴き声が周囲に響き渡る。  鬱蒼と生い茂る木々の中、舗装されていない道をいく一台の煌びやかな馬車。そしてそれを警護する十人ほどの青色の服に身を包む男達がいた。  控えめな装飾を施されている青色の服に磨き上げられた剣を腰に差し、優雅に馬に跨っている彼らは、主を守る忠実な騎士たちだった。  彼らの年齢はさまざまで、二十代もいれば四十代で形成された護衛団。 「メルヴィン様。あと数十分ほどで森を抜けます」 「……そうか」  馬車の傍らにつく青色の髪の男が、馬車の中の雇い主に話しかけた。 彼らが今いるこの森に、賊が頻繁に出没している。もう何人も被害に遭っていた。 被害に遭ったのは、貴族出身の者や商人らで幸いにも死者は出ていないことが、新たに出没している盗賊の共通点が存在していた。  その盗賊に一つのある噂が彼らの中で囁かれていることがあり、それを今思い出したかのように一人の騎士が口を開いた。 「しかし、あの噂は本当なんですかね……」  護衛団の中でも最も若い金髪の男、ゲイルは隣りの紺色の髪の男へと話しかけた。 「噂?」 「ええ。マルギットさんも聞いたんじゃないですか? あの噂」 「……裏切り者の騎士……か」  マルギットは、ゲイルの指している噂の相手を言い当て、苦虫を噛み潰したような表情を作った。 「はい」  裏切り者の騎士。それは二年ほど前、とある戦争を機に国を、主を、仲間を裏切った男のことだった。 平民出身の騎士だったこともあり、後の平民騎士制度に多大な 影響を及ぼすことになった。 「戦争で裏切るならまだしも、盗賊に成り下がるなんて……同じ旗を掲げていた仲間とは思えませんよね」 「……まあな」 ゲイルの言葉には、多少棘を感じられるものの、彼の言い分はもっともであると思い直し相槌を打つだけにとどめた。 国を裏切った騎士が、後ろ盾もないただの平民出身の騎士であり、また同じ事件をおこすことを踏まえ、戦後には大幅な平民出身の騎士は解雇させられた。 もし、裏切り者が貴族出身ならば金で方をつけることは明白であるものの、平民出身の騎士にはそれが適わない。 そう、資金のない騎士はたとえ冤罪だとしても助かる道は存在しない。 マルギットには彼が裏切ったとは到底考えられなかった。金にも名声にもさほど興味のない男を雇うには一体何が必要であるのかマルギットには予想すらできない。 彼は確かに騎士であることに誇りを持っていたはず、だったのだから。 「……」 「マルギットさん?」 「あ、いや。なんでもない」 急に難しい顔を作ったマルギットの顔を隣りから覗き込むように身を屈ませてみせた。 マルギットは、そんなゲイルに心配するなと言うように、ふるりと頭を横に 振った。人は変わる、それは良くも悪くも数年、いやほんの数日ですら人が変わるには十分過ぎる時間。 今、マルギットが彼を思ったとしても裏切り者のレッテルは取れやしない。 マルギットがそう結論付けて、下げていた頭をあげ、前方に目をやったその時だった、一本の短剣がカァン、と甲高い音と共に、それは見事に馬車に突き刺さった。 「っ!? 止まれ!」 手をかざし、足を止めさせると、マルギットは周囲に気を配る。攻撃を受けたこともあり、皆の顔には緊張が見え隠れしている。 「ゲイル! ルーク! ケネス! お前らは、メルヴィン様をお護りしろ!残りは、次の攻撃に備えろ!」 マルギットは、鋭く言い放ち剣を抜いた。鋭利なそれは命を刈り取るに相応しく磨き抜かれている。 命を受けた者たちは、返事をする変わりに剣を各々構えた。 「随分と物騒なんだな」 不意に訪れた重い静寂を破ったのは、一人の若い男の声でどこか感心するような声色だった。 「何者だ!」 マルギットは、姿なき賊に向かい大声をあげる。すると、声と共に姿を現した男は、彼らが先ほど口にしていた男だった。
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