首輪のない野良犬 1

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「お前は……」 「どうもお久しぶりで、マルギットさん」 人の良さそうな微笑みだが、彼の紅い瞳は不気味な輝きを絶えず放っている。 漆黒に染められた服装に身を包んでいるため、彼の紅い瞳、銀色の剣がやけに目立っていた。 「な、何故お前がそちら側にいる!? 《騎士》としての誇りはどうした?!」 「おかしなことを……俺はあの日を境に《騎士》としての道を捨てた。俺は《騎士》のような高尚な者ではなく、ただの金に雇われるだけの狗でしかないんでね」 「な、なにを……」 マルギットは、ワケがわからないという顔付きになり、必死に言葉を紡いでみせる。 「《騎士》とは常に誇り高く、己の欲望を満たすためではなく、国のためにその身だけではなく、魂も捧げよ……そう言ったのは誰だったかねぇ。まあ、騎士ではなくなった俺には関係ないことだが……」 「地に堕ちたか! レナード・テオフィルス!」 「堕ちる、ね。そうさせたのは誰だ? それに、神様とやらにしたら堕ちた存在そのものだと思うが? 人はすでに地に堕ちてんだよ。欲に塗れ、他人を比べ、他人を蹴落とす……それなのに人は自分たちを素晴らしいもののように語り、それを示す……」 くつり、と何処か遠くを見つめるようにしながら、楽しそうに口にしてみせた。 「な、にが言いたい!」 飄々と語るレナードに痺れを切らしたのか、マルギットの部下、ゲイルが口を開いた。手に握る剣は震えており、その瞳には少しの恐怖が見え隠れしている。 「俺は、もう国に従う狗ではなく、ただの野良犬だ。つまり、」 レナードが言葉を切ると同時に、馬車は何十人ものの賊に囲まれ、レナードがやけに饒舌に話していたのはこのためだとマルギットは、舌打ちを洩らした。 「金で《騎士様》となったお貴族様。お相手願おうか?」 とん、と剣を肩に乗せ、レナードはそう口にする。金で騎士のなった貴族と平民出として腕を磨くことに事欠かなかったレナード。どちらが有利かは一目瞭然である。最も、今回の部隊の隊長のマルギットは別であるものの、仲間と主を護りながら闘うのは至難の技だ。 勝負は、ものの数分に満たない内についた。 腕利き、とは名ばかりでレナードの言う通り、お金や家柄で騎士となった騎士で固められた護衛隊に打つ術はない。 「くそっ……」  敵に手加減されたことに屈辱に顔を歪めながらも、立ち上がることもできずマルギットは悔しそうに唸り声を上げた。多勢に無勢で、碌な手校も出来なまま、あっという間に勝負はついてしまい、自分以外の騎士はその辺で倒れて込んでいる。 「……さて、メルヴィンサマ? 一緒に来てもらえますか?」 「なっ、なんのつもりだ!?」 「ご自分の胸に聞いて下さいよ。俺は特に何も聞かされていないんで」 「は、放せっ! 儂に触れるでない!? お、おい! マルギット! 早く儂を……ぐぁっ!」  馬車から引きずり下ろすと、無様に喚き散らすメルヴィンに、うるさそうに顔をしかめる仕草をするレナード。そして、小さく「うるさい」と漏らし、彼の後頭部に手刀を落とした。 「……これで俺の仕事は終わり、だろ?」 「ああ……ご苦労」 「謝礼は後で頭のところにいけ」 「了解」  気絶させたメルヴィンを乱暴に別の荷馬車に乗せ、賊らはその場から姿を消していった。 「さて、俺も帰ろうかな……」  ポキポキと肩を鳴らしそう漏らすレナードに、今だ這いつくばったままでいるマルギットは怒りを含ませた声で口を開いた。 「っ……どういうつもりだ……お前が賊に加担するなど……狙いは何だ!? 何故、メルヴィン様を!?」 「俺はただ雇われた身だから知らないって……ただ、しいて言うなら……雇い主を怒らせたみたいだぜ?」 「雇い主?」 「そ。盗賊の頭ってね。まぁ、もともとは盗賊じゃないみたいだし……」 「盗賊じゃない? どういうことだ!?」 「それ以上は言えねーって」  カラカラと声を上げて笑い、彼らの乗ってきた馬を自分の方へ引き寄せ、「いい馬乗ってんな……さすが貴族様だわ」と感心したように呟いてみせた。 「っ……なぜ、我々を、殺さない……」 「何故ってねぇ。俺に課せられた依頼はただ、護衛らを退けること。そんで、メルヴィンをあいつらに引き渡すこと。その二つだけだから、お前らを殺すことは依頼にないってわけ」  軽やかな動きで毛並の良い馬の背中に乗ってみせ、最後にそう口にし、盗賊とは反対の方へ足を進めていった。 残ったのは、惨めながら命を刈り取られることなく、護る対象を奪われた哀れな騎士たちだけであった。
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