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 その日は、夕方までの勤務が終わったところだった。  疲れた体を引きずりつつ住宅街を歩く。  外壁が剥がれ、今にも崩れそうなほどボロボロのアパートの前を通りかかった時だった。 「お前のせいで!」  キンキンした金切り声が響く。続けて、何かがぶつかる音、ごめんなさいと必死に謝る男子の声が聞こえる。  聞き覚えのあるその声に、私は思わず駆け出していた。 「すみません、開けてください! すみません!」  声の聞こえてきた部屋の扉を叩く。  途端、凄まじい勢いで扉が開けられた。  慌てて飛び退いたものの、鼻先を扉が掠めて一瞬怯む。  開け放たれた扉の奥に見える部屋は、ほとんどがゴミ袋で埋まっていて、私は息を呑んだ。  驚く間もなく、転がり出るように何かが部屋の外に飛び出してきた。それがソースケだとわかるまでに、数秒の時間を要した。  あれからさらに痩せ細った体には、青紫や赤の痛々しい痣がまだらにできている。唇の端は切れ、真っ赤な血が一筋垂れていた。 「お前のせいで! あたしはこんな風になったんだよ!」  おぞましい酒の臭いをさせて、金髪の女が走り出てくる。  慌ててソースケを庇うように立ちはだかり、 「何してるんですか!?」  精一杯声を張り上げた。 「あんたに関係ないだろ!」  と、女が叫んだところでふらりと体勢を崩す。そのまましゃがみこみ、声を上げて「ごめんなさいごめんなさい」と呪文のように唱えながら彼女は泣き出した。 「ママ、ママごめんなさい」  私の足元で、ソースケが震えて頭を抱えている。  いったいどうすれば。パニックになりそうな頭を深呼吸で沈める。息を吸う度に凄まじいゴミの臭いがした。  コートを脱ぎ、震えるソースケの肩にかける。女は未だに声を上げて泣いている。
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