エデンの肥溜め

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エデンの肥溜め

ニューヨーク市本部は2029年10月の、快晴のある日。とうとう治安維持のための当局完全武装化を宣言した。どうやら、倫理も道徳もかなぐり捨てた時代であるからこそ、同市が国家の中心にいなければ気が済まないらしい。もちろん民意などちっとも反映した結果ではないし、市民たちはどちらにせよ2013年の大災厄以来市の役人なんて全員死んでもらいたがっていた。 今よりもっと豊かな‐少なくとも、物質的及び社会学的にだけでも‐時代はハイジャックされた飛行機がビルに突っ込んでも、少なくとも凶行の当事者たちはともかく死人だってほかの国ならどうなっていたか、ということを無理にでも考えてみれば武器を持ったならず者崩れの職業殺人者に市役所章を分け与えることはありえないはずだ。少なくとも、当初は大災厄以後も前時代の何やかやを引きずって自棄から野放図に走る人々を棍棒で叩きのめすのには役人が粉骨砕身していたはずだ。人の体を粉々にするのに自らの骨を折れていたはずだが、そろそろ疲労も溜まりきったようだ。ストレスという汚水溜めは、ゲロと糞で満ち溢れているらしい。 どちらにせよ、与えられる権力にも苦労から身についた権威も何も持ち合わせていない市井の人々に“会社”は歓迎されていなかった。もっとも、警察官がほとんど殺されてしまったということは事実だし関わりたくないと強く考えている獲物を鋭くかぎ分けて牙を向けるならず者を殺してくれるなら何でもいいという身勝手な民意だけはあって、その一方で自分たちのチンケな現実逃避は死守したいというハラだ。だから不満渦巻く中で、当局の強引でどうみても予算の無駄遣いと言える歓迎式の間でも投石はそこまで多くなかった。少なくともベテランのコッパ役人が想定していたよりは。 それでも、政官民三権どれもこれもが、今回の市当局の判断がミスだということを確信しているし、そうであってくれないと困るとも考えている。 市全体の警察権、軍権を全て民間軍事企業に任せるという判断が。 現実逃避になればいい方、というこの判断。のちの歴史家に任せられるほどのものではない。妙に白けた空気の中で、“会社”のニューヨーク新支部幹部たちが歓迎式にゾロゾロと入ってきた。
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