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「1つめはね、私、出世して昇格することになったの。だからもっと仕事場に近くに引っ越すわ。ここじゃ遠すぎて不便だもの」
「えっ? マンションを出て行くの?」
母親が警察組織の中で昇格することよりも、家を出て行くということの方が、更にとっては重要だった。
「そう、そこなの。でね、2つめ」
「更、ソーサラーにならない?」
「…………はっ?」
ソーサラー? 何を言っているんだ。この人は。
「あなたソーサラーになりたいって、子どもの頃、言ってたじゃない。ちょうど探してるって聞いたから、立候補しておいたの」
「え? 私が? ソーサラーに?」
「そうよ、あなたの人を癒やす力はとても――希少なものだわ」
「いや、でも、私に相談もなく!?」
更は声を張り上げた。いくらなんでも無茶すぎる。
「っていうか、ソーサラーなんて、そんな簡単になれるものなの?」
「そう、こんなチャンス二度とないわよ。あ、そうそう、ちゃんと住む部屋もあるそうよ。安心でしょ?」
母は本当に突拍子のないことを言い出す。しかもいつも本気だ。昔から強引で強気な性格だった。刑事という仕事はその性質上、タフな母には天職かもしれない。
「そりゃ、もしなれたらなって思ったことはあったけど。でもそれは子どもの夢みたいなもので――。それに、こんなに急になんて聞いてない! 私、今日やっと卒業したばかりで、友達だっているのに」
母の顔がにわかに険しくなる。
「あのねえ、あなた何にも分かってないわ。他の人と同じことをやってたら、ソーサラーになるチャンスなんて一生巡ってこないわよ。あなたがならなきゃ他の人が喜んでソーサラーになるわ。あなたはそれでもいいの!?」
――とっさに返事が出てこない。母が言うことはいつも正論だ。父と同じ仕事に就きたいというのは、嘘じゃない。
でもこんなに急に?
「あの、試験とか、面接とか、ないの? 」
母はきっぱりと首を振った。
「ソーサラーの古い知り合いがね、一度、更を連れてきてって。娘がソーサラーになりたいって言ってるっていう話を、ずっと覚えてたみたい」
ソーサラーの知り合い? そんな人いたの?
「でも、私にできるの? 私ができることなんて――」
母は更の言葉をさえぎるように、声を張り上げた。
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