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「すごい煙の勢いね」
「今日は風が強いからな、燃え広がらなければいいが」
「風だけでもやまないかしら」
隣で立っている見物人らしき会話が耳に飛び込んできて、更は思考を取り戻した。
「え、まさか、うちの部屋じゃないよね!?」
マンションへ小走りで向かいながら、更は確かめた。下から数えていく。1、2、3……6。火事になってるのは、うちのすぐ上の階だ。
6階の部屋のベランダ付近から、黒い煙を吐き出して、マンションから空まで煙を巻き上げている。まるで魔物が息をするかのようだった。
何かが焼け焦げた臭いが、鼻の奥から頭まで突き刺すように襲ってくる。すでに、はしご車がマンションへと放水を始めていた。その水は強風のせいで、周囲にまき散らし辺り一面に降り注いでいる。霧状になった水が更の顔を濡らした。
更は、はっと我にかえった。
母は仕事でいないから部屋にはだれもいない。だが他の住人はみんな避難できているのだろうか。火事になっている上の階の住人は――?
そうだ、確か女の人が住んでいたはずだ。いつも会うと向こうから挨拶してくれる、優しそうな女の人。
更は、周りを見渡した。こういう時は、誰に聞いたらいいのだろう。どうしたらいいのか見当もつかなかった。けたたましいサイレンの音が耳をつんざくように近づいてくる。
「消防車両が通ります、ここから移動してください! 」
消防隊員は、自分たちをまるで障害物かのようにするすると通り抜け、どんどん立ち入り禁止の黄色いテープを貼っていく。
そこへ、一台の黒塗りの車がサイレンを鳴らして、更の目の前に停車した。消防隊員は、その車を見ると立ち入り禁止の区間へと招き入れた。消防の関係者だろうか、まさか警察?
車からすぐに降りてきた二人の男は警察官には見えなかった。いいや、この際、火事の関係者なら誰でもいい、更はテープを掻い潜り、二人のそばに駆け寄った。
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