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どうぞ、と言って更は手の平を差し出す。女性は、視線をさまよわせていたが、観念するようにうなずくと自らの赤く腫れた手を更に預けた。
「目を閉じていてください」
胸の前で指を結び左右に軽く振ると、小さな光が指先からあふれてくる。その光はどんどんその輝きを増していった。公園に新たな街灯が生まれたかのように、丸い煌めきが垣根の周囲を取り囲んでいる。
「なんだか……あったかい」
女性は、光に包まれると目を閉じたままつぶやいた。
更は、その光を逃さないように、両手で女性の手の平を包み込んだ。隙間から眩しいほどの白い閃光が漏れる。光を、手の平へと集中させる。
――光よ、傷を癒やしたまえ
更が心の中で唱えると、光は意志を持つかのように更の導きに従う。
閃光は、溶けるように肌へと染み込むと、一瞬のうちに消えていった。あたりは一気に暗闇へ戻っていく。更は優しくゆっくりと手を離した。
女性は目を見開くと、自分の手をじっと見つめている。
「あれ、痛くない……? 治ってる」手の平から火傷の痕跡が消え失せていた。
「よかった」更は安心したように小さく息を吐いた。
「あなたは一体、何者?」
女性は戸惑ったような口調で更の顔をのぞき込んだ。
どうしよう。更はなんて返事をしたらいいか迷ってしまう。
「ええと……私は更です」
女性は驚いた表情の後に、笑顔をつくると形のいい唇から白い歯が覗いた。
「私はユリです。更ちゃん、ありがとう」
更はうなずくと、つられたように笑顔になる。ユリの嬉しそうな表情を見ると、ふと、昔の記憶がよみがえった。
この『力』に気付いたのは、いつだったのだろう。
確か、自分が5歳くらいの頃、母があやまって指を切ってしまった時だった。母のために祈ると、小さな光が指先から生まれたのだ。光は傷を治すのに充分な働きをした。
母は驚くと同時にこう言った。
「更は、父と同じ『力』を持っている」と。
人の傷を癒やすことができる『力』、こんな小さな光でも、誰かを助けることができるんだ。
更は心の中が浮き立つような、暖かい心地良さを感じずにはいられなかった。
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