終わりの刻

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終わりの刻

 千人針の一団だ。  だが勇ましく近づいてくる人間とは裏腹に、子飼いの妖達は銀狐に怖気づいてジリジリと後ろへ下がる。 「銀狐紫苑よ! なぜ召令の半鐘に応えぬ! うぬの主人は街で血みどろになって戦っておるぞ!」  隊長と思しき軍服を勲章で飾り立てた男が、花房の間から髭面を突き出してきた。 「逆に問おう。おまえらは何故ここに居る。大事な帝都が、天ノ益人に凍て尽くされるぞ」 「それ故にである! 清良子は大妖を飼いながら、戦場へ連れて来ぬ。所詮は小娘、大義を忘れ、うぬに懸想(けそう)をして、惚れた相手を戦わせたくないなどと言っているのであろう。この大倭帝国存亡の危機に!」  嘲り笑いで花を踏みしだく男に、銀狐はますます目を細く眇める。 「……そうとも。あの娘は俺の事しか頭にない。千人針として戦うのも、俺に愛されず寂しいからだと、当てつけの為だと云うておった。決して大義などの為ではないな。まったく見上げた阿呆よ」  銀狐が笑う間にも、千人針たちは銀狐を取り囲む輪を小さくしていく。  彼らの指先に生まれた「針」が、月明かりにぎらりと光る。  彼奴(きゃつ)らは清良子と同じ千人針。魂留めされた妖が、人間(あるじ)の命令なしに妖力を発揮できないのを熟知している。  恐らく清良子は、味方の応援もないまま独り街で戦わされ、こちらに駆けつけられぬように仕組まれている。そして抵抗の術のない銀狐に、今のうちに、もう一本、針を立てる。いや、一本どころではなさそうだ。この大妖を、この場の十人だかそこらで分かち合って飼うつもりだ。十人の命を賭ければ、大妖なれど屈服されられるだろうと。  そしてその後に清良子が戦で死ねば――、いや、戦で死なずとも理由をつけて殺してしまえば、銀狐はこの男たちのものとなる。 「こんなに針を立てては、他の妖なら死んでしまうであろうが。うぬなら耐えるだろう? なぁ、耐えておくれよ。貴重な大妖だ。なにせ我らも試したことがないのでな」  男は髭面を歪めて笑う。  
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