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 あの男と出会うまで、生きている事に感謝した事がなかった。  長い孤独を味わい、他人と共感し合う事もなく、惰眠を貪る日々を過ごしてきた。そんな日々からようやく抜け出し、時代が追いついた今年こそ、夢に見た愛を手にする事が出来る。  肌に潤いを与え続けた体は、実年齢からは考えられない程に張りと程よい肉付きが保たれていると自負している。現に目の前に全裸でベッドに仰向けに横たわる男は、私の裸体を見て勃起し続けていた。  昨夜に街中で誘った中年男性。身長は高く、恰幅が良い筋肉質な体型はスーツを着ていてもわかった。一抹の不安を抱えながらも、この男なら私の愛を受け止めてくれるのではないかと期待はあったが、結局は私の愛に答えてくれなかった。やはりあの男じゃないと駄目だ。 「ふゔぅぅぅーーーん、ゔぅぅぅーーーん」  ベッドに仰向けで猿轡を咥えた全裸男は、四肢をガムテープで固定されて身動きが取れずに悶絶している。左目を失い、臓器を私に抜かれた状態で幾度も果てているにも関わらず、まだ私を求めてきている。どうやら私の体がお気に入りらしい。女にとって美貌を保ち続けるには、男との性行為が一番だと聞くが、私はその考えを全肯定したい。  今日は海の引き潮のように、私の生理は満潮の日だった。欲に身を任せ、仰向けの男の性器を手に取ると、望み通り私の膣内に男の性器をねじ込んだ。上下に動けば細胞一つまで染みわたる刺激と快楽。これが何度やっても堪らない。 「ぬぅぅぅーーーうぅぅぅおぉぉぉーーー」  涎を溢し、右目が白目を剥きながら快楽に浸って恍惚とした表情を浮かべている男を次第に許せなくなってきた。私ばかりが男に跨って動いていて、私より気持ちよさそうにしているのが気に食わない。  だから男の右目も抜き取ってやった。付け爪の先を眼球に突き差し回して取ると、声にならない声を挙げて涎と血が混ざった液体を猿轡を加えながら、だらしなく垂らし続けている。全く持って気に入らない。こんな男でも私の欲を少しでも満たしてくれると思っていたのに。  いい気味ね。なんて助平な男。そんな男でも私の愛に応えてくれないようじゃ、もう用済みだった。次に首元から下腹部まで皮をテープを剥がす要領で剥ぎ取っては食べ、剥ぎ取っては食べを繰り返す。下半身まで一通り、皮を食べ上げると、次に両足の親指を指先から爪の根元までを食べた。爪が入っていた方が骨と相まって、食感が出て美味なのはそんなに知られていない。時々、歯の隙間に爪が挟まる時があるのが面倒だが、今回は挟まらなかった。  いつの間にか、男は絶命していた。やはり私の愛に応えてくれない男なら、せめて叫んで悶絶するBGMは欲しい。そうじゃないと退屈しのぎすらならない。  ベッドの上からでも見える地上三十階から望める眺望は、圧巻だった。今日は確か新月だった。新月は本来、人間には決して見えない。ましてや昼間の光線が関係して見れる事はない。  でも私には見える。地球から遥か彼方で太陽が公転している月が見える。月の満ち欠けを繰り返し、姿形を変えて私を照らし続ける。私を照らす度に、体内を駆け巡る血流が加速して内側から込み上げる血流が興奮を加速させる。 「……真実の愛が欲しい」  太腿から浸る精子を指ですくい舐めると、身震いした。右手には男から取った左眼の眼球が形状を失い、ただの液体化している。生臭いけれど、これも嫌いじゃない。だから、しゃぶりついた。三百二十一個目の眼球は、少し酸っぱかった。
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