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 自分の感覚がおかしいと思った事はない。他人との認識のズレは多少あったとしても、それは所謂、許容範囲内であり、それも価値観の違いによるものなのかと割り切る事が出来る。  ただそれが根本的な考えの違いや客観的、リスク面から考えると俺の感覚が圧倒的に正しいに違いない。  だから上司や目上の人間に対して呆れる事が多々あった。いくら話し合いを重ねて相手が納得した様子を見せるも、翌日にはまるで話し合いがなかったかのように平然と繰り返す暴論。単に学習能力がないのか、自身が積み上げてきた経験や実績、尊厳が邪魔しているのか知らないが、現場のズレ、世間とのズレを認識して考えを改める能力を持ち合わせていない人間達の集まりだという事は、入社して早々にわかった事だった。  そんな不満を抱えながらも転職活動をしなかったのは、今年度が俺にとって昇進をかけた勝負の年だったからだ。  壇上ではソールオリエンス不動産株式会社の代表取締役社長である新宮文子が、意気揚々と昨年度の業績と今後の会社方針を述べていた。齢七十近いにも関わらず、滑舌良く物事に関してはっきり意見を述べる姿勢は嫌いではないが、特有の理屈より感情を優先して結論を出す姿勢が生意気にも気に入らない。周囲の腰巾着達の意見を真に受けて人事等を決めているとの噂は有名だった。所詮、その程度の器なのかとこれも入社早々にわかった。  千葉県浦安市内にあるホテルの宴会場を借りて、四半期事に年間四回、表彰式を開催していて、今日は新年度一回目であり、昨年度の表彰式が行われていた。天井には煌びやかな照明の数々と装飾が施されていて、場の空気を引き締めている。別に三ヶ月事に行わなくても良いのではないかと思っていたが、どうやら社長が営業社員のモチベーションの維持の為という考えが働いているらしい。総合売上げ部門、仲介手数料部門など部門事に別れていて、例えば総合売上げでノルマを達成していなくても火災保険料部門では達成して表彰される営業社員もいる訳だ。ちなみに俺は全部門で達成している。  千葉県を中心に二十店舗を優に超える創業四十周年の不動産会社で従業員は二百名近い。四月とはいえ、広い宴会場に社員二百名以上入れば暑苦しくて敵わない。そんな社員数の中で俺は営業課長として勤務していた。
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