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1 兄と弟
「洋にぃ、ただいまっ。」
カランカラン
昔ながらの鈴の付いた重厚なドアを開けて、碧はいつものように店内へ駆けこんだ。
「おう、お帰り~碧ちゃん。」
「あ、玄おじさん、いらっしゃい。」
「お帰り、碧くん。」
「何だ、斎藤さんもいたの。」
「酷いなぁ。俺もお客だろ。」
「あ、そうだよね。いらっしゃいませ。」
「アオ、失礼だろ。それにこっちから入ってくるなっていつも言ってるだろう。」
馴染みの客と軽口を交わしていると、カウンターの中から咎めるような声がかかる。
兄の洋一だ。
ここは街の中心地から少し外れた高台に建つこじんまりとした喫茶店。
ツタの絡まる外装は年代物の建物のように感じるが、
この店自体は洋一と碧の両親が始めたのでそれ程歴史があるわけではない。
まだ辛うじて読める看板には『Ciel』と描かれていて、
その看板さえ味のあると常連客には人気だ。
「アオ、早く向こうへ行け。」
「あ、俺、手伝うから着替えてくる。」
「手伝わなくてもいい、おいっ、アオ、聞いてるのかっ。」
洋一の声など聞こえなかったかのように、碧は瞬く間に視界から消えた。
それを見て、洋一は深いため息を吐く。
「ははっ。碧ちゃんは相変わらずだね。元気いっぱい。」
「もう高校3年だと言うのに困ったものです。」
洋一は碧が消えていった自宅へと通じるドアを眺めてそう愚痴る。
「もう高校3年生になったのか。18?」
「あの子は早生まれなんでまだ17歳ですね。」
「そうか、それにしても早いもんだねぇ。
あの碧ちゃんが高校3年生だなんて。」
「ええ、本当に・・・。」
玄おじさんと呼ばれた、歳の頃60過ぎの初老の男性と洋一の会話にもう一人の客が割って入る。
「玄さんは碧くんが小さい頃からお知り合いなんですか?」
「ああ、あの子がおしめをしている時分からね。」
「へぇ、碧くんの赤ちゃんの頃なんて可愛かったんだろうなぁ。
ね、マスター。」
「さぁ、どうでしょうか。」
サラリーマン風の男は斎藤と言って、いつもこの時間に休憩と称してここでコーヒーを一杯飲んでいく。
「またまた、マスターってば毎日あの碧くんの顔を拝んでるからって、美意識おかしくなちゃってんじゃないですか?
あの子、美形なんてもんじゃないですよ。」
斎藤の言葉に洋一の眉がピクリと動いたが、
普段からあまり顔の表情が変わらないその動きは斎藤たちには気付かれなかったようだ。
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