ヨロイくん

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 ヨロイくんは、いつも立派な(よろい)を身に着けている。  頭からつま先まで、硬くて頑丈(がんじょう)そうな(かたまり)に覆われている。  顔も見えない。 「はじめまして」  僕が手を差し出すと、君は右手の剣を突き出した。 「近寄ると切るぞ」  ヨロイくんは、いつも立派な剣と盾を手にしている。  片時も手放すことはない。  誰かが近づこうとすると、鋭い矛先を大きく振り下ろす。 「どうして切ろうとするの?」  僕の問いかけに、君は冷たく言い放った。 「切らないと切られるからだ」  ヨロイくんは、いつもひとりで立っている。 誰も近づけない。  たまに強そうな人がやってきて、笑いながら刃を振る。  君は目にもとまらぬ速さで、襲ってくる人たちを切り倒した。 「僕は君を切らないよ」  なぜ、と(たず)ねる君に、僕は悲しく笑う。 「だって、君も僕も痛いもの」  ヨロイくんは、いつも僕を追い返す。  僕は毎日、君の元へ行く。  武器じゃなく、きれいな花を摘んで。  僕は初めて、いつもより近づいた。 「やめてくれ」  怯えるように叫ぶ君に、切られてしまった。 「もう、傷がつくのは嫌なんだ」  ヨロイくんは、いつも僕を切る。  それでも僕は毎日、君の近くへ行く。  君が花を受け取ってくれるまで。  でも、とってもとっても痛いんだ。 「なぜ君は」  硬い体がカタカタと震えている。 「だって、君の笑顔が見たいんだ」  僕は笑って、小さな花を差し出した。  ヨロイくんは、剣と盾を捨てた。 「切られたのは君なのに、痛くてたまらないんだ」  君は「ごめん」と泣いた。  何もなくなった右手に、桃色の花を贈る。 「君は優しいから大丈夫」  ヨロイくんの、素顔が見たい。  どんな顔で笑うのか、見てみたい。 「脱ぎ捨てるのは、こわい」  守るものがなくなってしまう、と。 「傷だらけで、弱くて、醜いから」  君の手の中で、花が揺れている。 「でも、重くて、もう動けない」  君はそのまま、動かなくなった。  ヨロイくんは、硬くて強い人だ。  でも、弱くてやわらかくて、あたたかいんだ。 「もう、捨てても大丈夫だよ」  僕の言葉で、君の(はがね)が落ちていく。  初めて見た本当の君は、傷だらけだった。 「痛かったね」  やわらかく弱くなった君は、ほっとしたように大声で泣いた。  とてもきれいな涙だった。  ヨロイくんは、傷だらけだ。  僕も、傷だらけだ。  それでも僕らは、武器を持たない。  僕らは、手をつなぐ。  それだけで、傷は癒えていく。  また傷が増えても、僕らは歩いていく。  この手で、誰かをあたためるために。  ヨロイくんは、僕の大切な人。  君の手のあたたかさが、僕はうれしい。 「あきらめないでくれて、ありがとう」  君は、初めて笑った。  それは、世界で一番、きれいな笑顔だった。
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