ヨロイくん

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 ヨロイくんは、いつも立派な(よろい)を身に着けている。  頭からつま先まで、硬くて頑丈(がんじょう)そうな(かたまり)に覆われている。  顔も見えない。 「はじめまして」  僕が手を差し出すと、君は右手の剣を突き出した。 「近寄ると切るぞ」  ヨロイくんは、いつも立派な剣と盾を手にしている。  片時も手放すことはない。  誰かが近づこうとすると、鋭い矛先を大きく振り下ろす。 「どうして切ろうとするの?」  僕の問いかけに、君は冷たく言い放った。 「切らないと切られるからだ」  ヨロイくんは、いつもひとりで立っている。 誰も近づけない。  たまに強そうな人がやってきて、笑いながら刃を振る。  君は目にもとまらぬ速さで、襲ってくる人たちを切り倒した。 「僕は君を切らないよ」  なぜ、と(たず)ねる君に、僕は悲しく笑う。 「だって、君も僕も痛いもの」  ヨロイくんは、いつも僕を追い返す。  僕は毎日、君の元へ行く。  武器じゃなく、きれいな花を摘んで。  僕は初めて、いつもより近づいた。 「やめてくれ」  怯えるように叫ぶ君に、切られてしまった。 「もう、傷がつくのは嫌なんだ」  ヨロイくんは、いつも僕を切る。  それでも僕は毎日、君の近くへ行く。  君が花を受け取ってくれるまで。  でも、とってもとっても痛いんだ。 「なぜ君は」  硬い体がカタカタと震えている。 「だって、君の笑顔が見たいんだ」  僕は笑って、小さな花を差し出した。  ヨロイくんは、剣と盾を捨てた。 「切られたのは君なのに、痛くてたまらないんだ」  君は「ごめん」と泣いた。  何もなくなった右手に、桃色の花を贈る。 「君は優しいから大丈夫」  ヨロイくんの、素顔が見たい。  どんな顔で笑うのか、見てみたい。 「脱ぎ捨てるのは、こわい」  守るものがなくなってしまう、と。 「傷だらけで、弱くて、醜いから」  君の手の中で、花が揺れている。 「でも、重くて、もう動けない」  君はそのまま、動かなくなった。  ヨロイくんは、硬くて強い人だ。  でも、弱くてやわらかくて、あたたかいんだ。 「もう、捨てても大丈夫だよ」  僕の言葉で、君の(はがね)が落ちていく。  初めて見た本当の君は、傷だらけだった。 「痛かったね」  やわらかく弱くなった君は、ほっとしたように大声で泣いた。  とてもきれいな涙だった。  ヨロイくんは、傷だらけだ。  僕も、傷だらけだ。  それでも僕らは、武器を持たない。  僕らは、手をつなぐ。  それだけで、傷は癒えていく。  また傷が増えても、僕らは歩いていく。  この手で、誰かをあたためるために。  ヨロイくんは、僕の大切な人。  君の手のあたたかさが、僕はうれしい。 「あきらめないでくれて、ありがとう」  君は、初めて笑った。  それは、世界で一番、きれいな笑顔だった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加