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……フラれた。
いや、正確に言えば、私がフッたのか?
ダメだあ……。涙が止まらない。
目が壊れたのか。目から、どんどん水があふれてくる。涙腺がバカになったようだ。
ああ、どうしてこんなことになったんだろう。
彼とは5年以上付き合っていた。高校生からだから……、ええと、だから7年になるのか。
いま25歳だから、人生の1/3近く彼と付き合っていたことになる。といっても実際べたべたと付き合っていたのは2~3年ってところで……。遠距離恋愛になって、彼が私に興味がなくなっていくのを感じていたけど、見ないふりをしていた。
その終わりの兆しは見えていた。でも、高校生の時から好きだった。好きだったから、目をつぶって、つきあっている状態のままにしていた。いまはメールの回数も減って、会う回数も減って、電話もない。わかっていても、宙ぶらりんのままそっとしておいた。
でも、耐えきれなくなって、さっき「終わりにしよう」ってメールで告げた。やっちゃったとは思ったけれど、後悔はない。
いつもは既読スルーを超して未読スルーな彼が、このメールにだけは「わかった」と即反応したのは、傷ついたを通り越してムカついた。
付き合い終わりのピリオドを打ったのは私。別れを決めさせられた感があって、なんか解せないんだけど。彼のことを卑怯者と思う気持ちが沸き上がる。それとも、彼は私にフラせたかったのか。
それが彼の優しさなの?
もう彼に連絡を取ることもないだろうから、真相はわからない。
いったいこの7年間って、何だったんだろう。
ため息が出てきた。そしてため息がとまらない。
昔、まだ愛があったころ、彼がネックレスをくれた。だいぶ奮発してくれて、プラチナ製だったが、先日チェーンが切れてしまった。プラチナのチェーンは曇りがとれないくらい細かい傷がついているらしい。ジュエリーショップの店員さんには、修理より新品をおススメされた。なんだか笑える。
7年ってさ、本当に長いよ?
ネックレスが切れたことを彼にメールで報告したら、無言スルーされた。彼にはネックレスの思い入れはないみたいだ。
このネックレスももう終わりだ。なんだか私たちみたい。
私は「終わりにしよう」とメールした。
しかしね、私の「終わりにしよう」メールで、私たちの7年間があっさり終わっちゃうんだと思うと、それはそれで衝撃なわけで……。私と彼の付き合いはいったいなんだったんだろう。高校生の時は人目を避けてついばむようにキスしたよね。恥ずかしくって、うれしくって、ドキドキしていたよね。もう、そんなのは、なしってこと? 彼は私を思い出しもしないんだろうか。
私と彼の温度差ができた原因は、遠距離と長期間付き合ったままにしておいたことだ。
恋って何なんだろう。
遠距離恋愛でダメになるなんて、よく聞く話だ。
私ってバカじゃないの。
ああ、冷静な頭が戻ってきた。
気持ちが離れているとわかったのに、どうしてすぐに別れなかったのか。
高校生の時、両思いに浮かれ、これからずっと彼と一緒にいられると思っていた。この想いは永遠で、私たちはずっとずっと愛し合うと未来を予想していた。
そんなに好きなら、彼の気持ちが離れそうな、もっと初期の段階で、私はもっと一生懸命彼と話すべきだったのかもしれない。
もし、今から、彼と向き合ったら……。間に合うんだろうか。いや、もう間に合わないだろう。私たちの恋は、すでに終わっていたんだから。
彼が私との関係を終わらせたくないなら、この恋はたぶん終わらない。だって、わたしの彼への思いはまだ消えていないんだから。
でも……、スマホは鳴らない。
彼は「別れたくない」と示さない。ああ、考えろ、私。これって、どういう意味なのか。もう25歳。わかるよね?
きのう、一晩泣きながら考えた。
なぜこうなった? どうしてこうなった? 誰が悪い? これからどうしたらいいの?
彼のことばかりが頭の中をループする。
別れた。もう彼に恋人として会えない。そう考えるだけで胸が痛い。涙がこぼれた。私、そんなに好きだったの? とっくに相手にされなくなった彼に? 自分でもびっくりだ。
でもね、少しだけ冷静な自分もいて……。
本当に彼のことがずっと好きだったの? 会ってもないのに? 連絡も私からで、ほとんどないのに? 私が好きになった彼と今の彼は同じではないんじゃない? とか、私の脳内失恋劇場に水を差していく。
えらいぞ、冷静な私。がんばれ、理性的な私。
明け方。ようやく一人反省会も終わりに近くなり、うとうととした。時折、後悔した彼が「別れたくない」って言ってくるんじゃないかと期待していたけど、スマホの音は全く、全然、何も鳴らない。
ああ、やっぱりもうだめなんだ。
彼はそういうやつだったんだ。
失意のどん底まで落ちた私は、瞼を閉じて暗黒に身を任せた。
考えすぎて頭痛がする……。
ああ、喉が渇いた。
目が開かない。瞼がひりひりする。
眠いのに眠れない、脳はなんだかまだ興奮状態で、朝を迎えた。寝たと言えば、いくらか寝たんだろう。
のろのろとベッドから立ち上がる。冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターを飲もうと、いつものコップを探す。
「あ」
彼からもらった、切れたネックレスが水の中に沈んでいる。ネックレス入りコップを、テーブルの上に見つけた。
はい、これは、私が自分で入れました。氷と氷のように結ばれた愛……について考えていていました。よくわからない。すいません。
ああ、ネックレス、ビチョビチョになっている……。氷が溶けちゃったからね。
このネックレス、どうしてやろう。コップから引き上げる気力もない。いっそ、このまま捨ててやろうかという乱暴な気持ちもわいてくる。
彼にはすでに好きな人がいるみたい。地元の友達が親切にぼやかしながら教えてくれた。今ごろ彼は私と縁が切れて、きっとスッキリしていることだろう。
彼はたぶん自然消滅を狙っていたと思う。
彼はそういうやつだったんだ。
水の中のネックレスの処遇を決めかねて、違うコップにミネラルウォーターを入れた。泣き過ぎて脱水症状だったらしい。冷たい水が胃に染みわたる。
恋の終わりの予感はあった。わかっていた。でも、私のことがいらないなら、いらないってバッサリ言ってくれた方がよかった。それから、それでも私は、彼が欲しいなら、もっと早く彼と向かい合うべきだったのかもしれない。
二人の恋が終わった。うん、終わったんだ。
昨日よりは現実を受け止められた。
私が悪いのか? ううん、私だけじゃない。二人の恋が終わったのは二人の責任だ。
今日の空は青い。いい天気だ。
ベランダからのぞく夏空は、強い日差しからすでに暑くなる予感がする。
心はまだ痛い。でも、得体のしれない不安と焦燥感と心の中の彼はもういない。意外にスッキリしている。けっこういい感じだ。
ああ、この恋愛を続けたかったのは、純粋で永遠を求めた恋心を守りたかったのかもしれない。
なんか、そんな気がした。
幸い、今日の仕事は休み。髪を切ってもいいし、新しい服や化粧品を買いに行ってもいい。
もう彼という足かせはない。
水に浸かったままのネックレスをペーパータオルで包み、アクセサリー入れの奥の奥にしまう。
いつか心が痛くなくなりますように。あの時の恋心が懐かしく思えるようになるまで封印だ。
ああ、自分のために新しいネックレスを買ってもいいかも……ね。うん、そうしよう。
このまま部屋にいると、失った恋の脳内ループ会議が始まりそうだった。
恋の終わりに引きずられるのは、もうごめんだ。急いで私は着替えて、玄関の扉を開けた。
彼はもういない。
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