書留

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「すみません…何だかここに用事がある気がして…来てみたんですけど…」 そう言いながら訪ねて来たのは白髪の男性だ。服装は整えられており品が漂っている。藍花は彼を一目見て、ああ!もうそんな時期か!と思った。時が経つのは早い。 「いらっしゃいませ!お客様こちらのご利用は初めてでしょうか?」 「は、はぁ…考え事をしながら歩いていたら、いつの間にかこちらに…」 明るく笑いかける藍花に白髪の紳士は戸惑いながら答えた。よくあることだ。彼女は笑顔のまま続けた。 「何を考えていらっしゃったんですか?」 「妻は今頃どうしているだろうか、そんなところです」 彼は微笑み返し、肩を竦めた。 「それでしたら奥様に、こちらを出されてみてはいかがでしょう?」 藍花はラミネートで保護された用紙を取り出し立てた。彼は文字がよく見えずカウンターまで近寄る。 「ゲン、キ?カキ、トメ?こちらは一体?印刷ミスでは…?」 首を傾げる紳士に、藍花はゆっくりと説明した。 「ふふ。現金もありますものね。私も最初は戸惑いました。こちらは元気書留と言いまして…お客様が元気であることを親族の方やご友人にお知らせできるものとなっております。運が良ければお返事が来ることもあるんですよ。逆に、お客様の方から確認することができる付加サービスもございます。料金が嵩んでしまいますけれど…」 それを聞いた彼は、ぽかんとした後ふっと柔らかく微笑んだ。 「なるほど。それは有り難い。是非妻に送りたいので書き方を教えていただけますかな?」 「かしこまりました。こちらにご住所、奥様の名前をお書き下さい。文章はこちらの用紙に。記入が終わりましたら入口付近の白いポストに投函して頂くか、こちらの窓口までお持ち下さいませ」 外は真っ暗で蒸し暑く、どこからかジージーと虫の鳴き声が聞こえる。夏の中旬、いわゆるお盆の時期になると一気に需要が高まるのが『元気書留』だ。 カウンターで説明する彼女の背中には薄い灰色の羽根、客である彼の頭の上には薄い金色の輪がある。
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