宅配便

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宅配便

ある時、窓口にいる藍花の元にやって来たのは暗い顔の女性だ。年齢は二十代後半から三十代前半といったところだろうか。自分とあまり変わらなそうな彼女を見て藍花は胸が傷み、そっと声をかけた。 「いらっしゃいませ。どういったご―」 「…もう、どうしたらいいのか分からなくて!全部嫌になって!手首を切ったの…死ねた?ここって天国なの?」 彼女は叫んだ。藍花は顔を歪め、薄い金色の輪が右側に半分だけある彼女の頭上を一瞬見やり微笑み返した。 「いえ。ここは郵便局です。郵便物には種類があるのをご存知ですか?」 郵便局と聞こえた途端に暗かった女性の顔が更に曇った。 「なんだ…違うのか…知ってます。郵便局でバイトしてたことあるんで。確か、四種類に分けられるんでしょ?」 「え!?同世代なだけじゃなくて仕事まで一緒!?凄い親近感!好きな芸能人とかいない!?」 藍花は嬉しくなってついタメ口をきいてしまう。 「…ねばーらんど…」 彼女からぽつりと出た言葉に藍花は食いついた。 「えー!?ほんとに!?一緒だ!!実は私もティンクなんだ!!デビューから追ってる!」 「ほんと!?もうすぐ二十周年なのにデビューからなんてすごーい!!先輩だ…あっ!星貰ったことある!?」 女性も同じテンションでカウンターに近づいてきた。Never landは五人組の男性アイドルグループで女性ファンはティンク、男性ファンはピーターと呼ばれている。星は彼らのサイン入りボールの事だ。 「…ない…倍率やばすぎない…?」 藍花が大袈裟に肩を落とすと、まるで鏡のように相手も同じ動きをした。 「…だよね…ライブ行けるだけでも奇跡だもんね…」 「あれどういう人が当たってるのかな…?あっ…しまった。つい嬉しくなっちゃって。ここでは五種類の郵便物を受け付けてるの。魂分(こんぶん)証明書持ってる?」 藍花は慌てて話を戻した。 「五種類?え?何。昆布?」 女性は無意識にポケットに手を突っ込んだ。カサッと音がした。知らないうちに紙が入っている。あーそれそれ。見せて?と言われたのでカウンターに出した。 「なるほど…やっぱり。ねぇ。これとかどう?」 藍花は証明書を見つめると、ラミネートされた用紙の束から一枚抜き取り彼女に見せた。 「何これ?」 「幽パックって言ってね?用心棒の守護霊や幽霊体験キットを宅配するためのもの。あなた、死にたいんだよね?じゃあ試してみない?一日だけ。そうすると少し先が分かるの。自分が死んだら誰が本気で悲しんでくれるのか、とかも分かるよ。どうするかはそれから決めても良くない?まだ可能性残ってるから」 藍花はやんわりと上を指して笑顔で続けた。 「あなたが死んだ後、地元でネバランのライブ決まるかもよ?」 「え!?お姉さん、未来分かるの!?」 女性は前のめりになった。 「いや、全然?可能性の話だよ」 にっこり笑う藍花を見て彼女はうーん…と唸ってから下さいと言った。 「どこに何書いたらいい?」 藍花は話し始めた。敬語ではない分とても説明しやすい。 「今度、ライブがある時に会えない?ちなみに担当何色?」 手続きを終えた彼女は藍花に尋ねた。 「黄色…うん。会いたいね。会えるといいね」 藍花は曖昧に微笑んだ。カウンターの下にある手首には細い線が五本重なったような大きな傷跡がある。 「そっかー…私は緑!係の人がお姉さんでよかった!ありがとう」 女性の顔は少しだけ明るくなっていた。
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