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スタンプ
郵便物の重さを測っていると聞き慣れた関西訛りの声がする。
「おーっすアイカ!会いたかったでぇ!手続き頼むわ〜!」
振り返るとそこには背の低い男がいた。背中に白い羽根が生えている。
「リョウくん!また冷やかしに来たの!?話し相手なら別に私じゃなくてもいいでしょ!?」
童顔で背も低いけれどリョウは藍花より年上だ。度々、窓口まで来ては世間話をして帰って行く。自分も含めて誰彼構わず懐柔してしまうタラシな彼は話し相手に困ることはないだろうし、私に会いたいなどと思うはずがないから、よほど暇なのだろうと藍花は思っていた。
笑顔だったリョウが急に真顔になった。同時に周りの空気も張り詰める。
「ちゃう。今回はマジやねん」
その温度差に藍花は戸惑った。
「…え。でも…確かリョウくん…期限までまだ余裕あったはずじゃ…そんなに急がなくても」
「…もうええ。あいつ、知らん間に俺が知っとる下におらんようになってしもたんや。いい加減、期待すんの疲れたわ…もし本当に神さんがおるんやったら、またどっかで会えるやろ」
リョウは寂しそうに上を見上げてから、魂分証明書を出した。
「…本当にいいの?一回手続きしたらよほどの事情がない限り取り消せないよ!?ずっとここにいることになるんだよ!?分かってんの!?」
泣きそうな顔で訴える藍花に彼は、ふっと切なげに笑った。
「…そんな顔すな。決心が鈍るやろ。優しいなぁアイカは。分かってるで。一応お前より先輩やからな。頼む奴、そうおらんやろな」
「だったら!こっちで彼女と再会できる確率だって知ってるよね!?手続きしない方が可能性がぐんと上がる事も知ってるよね!?最初から条件が良かったリョウくんだったら選択肢はいくらでも…っ」
藍花は顔を歪めて続けた。リョウは笑ったままぼそっと呟いた。
「…お前やったら、良かったのにな」
「え…?」
「俺の相手や。本気にしてへんかったやろけど…俺、結構お前にマジやったんやで?」
「リョ、ウ…くん…」
彼女が言葉に詰まっていると彼は、すっといつもの明るい笑顔に戻った。
「なーんてな!ってことやから、スタンプ頼むわ姉ちゃん!」
藍花は表情を正し、声色を変えた。
「…かしこまりました。少々お待ち下さい」
そして印箱からゴム印を取り出し魂分証明書の余白にそれを押印した。
「お待たせ致しました。どうぞ」
彼が受け取った証明書には赤い縁取りの『転生不要』スタンプが押されている。
「これで、お客様からの申し出がない限り生まれ変わることはありません。ご利用ありがとうございました」
言いながら頭を下げると、リョウは出入口へと向かった。藍花は反射的に声をかけていた。
「あっ!あのっ!まっ…また!いつでもお越し下さいませ!」
「おー!ありがとー!また来るわ〜!」
彼は振り返るとニカッと笑い、出て行った。
ある理由から外見は五歳に見える大人な彼が、それ以降、藍花のいる郵便局に来ることはなかった。
その建物は入り組んだ道の先の高い土地にあり簡単には見つけられない。条件をクリアした者だけが社員として働くことのできる特別な職場。日本郵便 黄泉支店だ。
藍花は私物を入れた引き出しから淡い黄色の封筒を取り出し中に入った紙を見つめ溜息を吐き、そっと元に戻した。一生懸命努力して、やっと手に入れたそれの有効期限が迫っている。
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