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職業
「お母さ〜ん!喉乾いた!ジュース飲みた〜い!」
リビングから娘の天音が言う。女の子が変身して悪者と戦い地球の平和を守るアニメがやっているこの時間は、彼女はテレビの前から一歩も動かない。録画までしている徹底ぶりだ。藍花は仕方なく洗い物の手を休め娘に尋ねた。
「赤?黄色?どっち?」
「黄色!赤はあんまり美味しくないんだもん…」
それを聞いて冷蔵庫からパイナップルジュースを取り出しコップに注ぎ、リビングのテーブルに置いた。
「零さないようにね」
「はぁーい!」
口はそう動いたけれど視線はテレビに向けられたままだ。
伴場天音は小学二年生。大好きなアニメが終わると彼女は母に向かって言った。
「お母さん!私…大きくなったら悪者を退治したい!だから頑張ってレインボーインクに入る!お父さんみたいに格好良く仕事する!」
「え!?」
ジュースを飲み終え、瞳をキラキラさせた彼女から出た言葉に藍花は目を丸くする。Rainbow Inc.は天音が好きなアニメに登場する戦士たちが所属している事務所の名前だった。彼女たちの素顔はアイドルだ。
「ケーキ屋さんよりいいでしょ?」
藍花は一瞬言葉に詰まり、そうね、と答えた。天音は大きくなったら何になりたいか聞かれたとき幼稚園で、ケーキ屋さんと答えたのだ。女の子なら誰もが一度は通る道だろう。しかしその次が正義の味方とは…予想していなかった職種に笑いながらも少し心配になった。
(確かに私も、お嫁さんって言ってた時期があったけど…まぁいいか。今はまだ)
「ジュース飲んだなら歯磨きしておいで。虫歯になったら大変よ?」
はーい、と素直に返事をし、しばらくして洗面所から戻って来た娘が聞いてきた。
「お母さんも昔は仕事してたんだよね?」
「してたよ」
「どんな仕事?」
「夜の郵便屋さん」
「郵便屋さん…って夜やってなくない?」
不思議そうな顔をする天音に、藍花は優しく微笑んだ。
「そうね。でも…お母さんが仕事していたのはちょっと特別な所だったの」
「お父さんみたいに?」
「うーん…それとはちょっと違うかな?」
「違うの?どんな風に?」
藍花は好奇心旺盛な娘の質問に答えるべく、頭の中で思い返し整理を始めた。夫と出会った場所でもある郵便局と、その仕事内容について―
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